条件反射制御法

2006年に下総精神医療センターの平井愼二先生によって開発された方法で、薬物依存症、ギャングル依存症、窃盗癖、盗撮・痴漢行為など、「やめたくてもやめられない」行動(嗜癖行動)への治療法です。

有名なパブロフの条件反射では、ベルを鳴らしてからエサを与え続けていると、ベルを鳴らしただけでよだれが反射的に出てきます。

このメカニズムは嗜癖行動でも基本的構造は同じです。

営業の仕事の途中で、空き時間が出来るとパチンコに行ってしまうケースで考えてみます。

①パチンコで大当たりすると快感・興奮状態になりますが、これは先天的に遺伝子に組み込まれたシステムで、非常に自分にとって良いことがあると快感を感じ、興奮状態になります。

②仕事の途中で空き時間が出来ると、ついパチンコ店に入ってパチンコをしてしまい、何度か大当たりする体験を続けていると、パチンコをしなくても、仕事の途中で空き時間が出来た時点でスイッチが入ってしまい快感・興奮状態になってしまいます。これは遺伝的、生来的に備わったものではないですが、学習することにより成立する第一信号系条件反射と言います。これがパブロフの条件反射です。

③仕事中にパチンコに行くことを繰り返すと、お金を失ったり、仕事に支障を来たすようになり周囲から叱責されます。そうすると「もういい加減に止めておこう」という思考が発生します。これは、言葉を刺激として反応を生じさせる「思考」です。これを評価・予測・目標設定・計画・決断などを行う機能である第二信号系条件反射と言います。

特定の快感に強く関連づけられた②の第一信号系条件反射が形成されてしまうと、それは、それを止めようと考える③の第二信号系条件反射である「思考」よりも強力で優勢であるために、いくら頭で止めようとしても止められないという状態に陥ってしまうのです。
簡単にいえば、「わかっているけど、やめられない」という状態です。

この嗜癖行動を止めるためには、既に出来上がってしまった②の第一信号系条件反射を弱める治療をしなくてはなりません。
また、依存症状の渇望を感じてしまったときに、実際に嗜癖行動をしてしまうことを回避するために、「これから嗜癖行動しない時間が続くのだ」という新しい条件反射を作り上げていくことが必要です。

治療では以下の4つのステップを踏んでいきます。

1.第1ステージ 「キーワード・アクション(おまじない)の設定」

「キーワード・アクション(おまじない)の設定」では、今まで作り上げてきた「嗜癖行動を行うと快感が得られる」という条件反射を中断させるためのブレーキとなるような、自分だけの信号を作っていく作業をします。

「これから嗜癖行動を行わない時間が続くのだ」という新しい条件反射(ブレーキ)を身体に覚え込ませるためのステップです。

例えば、「私は、今、パチンコをやれない。大丈夫(リラックスする言葉)」と言いながら、その人ごとに決めた一定の簡単な動作をします。

これを20分以上の間隔をあけて、1日に何度も何度も(20回)繰り返します。
最終的には、第一ステージの期間中に合計で千回近く繰り返します。

さらに、このステージでは、過去の「よかったこと」「楽しかった思い出」の書き出しを行います。

薬物やアルコールなどの乱用では、ストレスが加わると再発しやすくなるので、よかったことの書き出し作業は、ストレスが加わっても乱用行動に戻らないように、ストレス耐性を高める作業になります。


2.第2ステージ 「疑似摂取」

自分の問題行動を何度も擬似的に真似ます。

パチンコ依存であれば、パチンコ台に座りますが、玉を入れることが出来ない等の疑似体験(失敗体験)を繰り返します。

薬物の場合であれば、偽の注射器を使ったりする動作を繰り返します。

もちろん、偽物で、覚せい剤は入っていませんから、自分が過去に取っていた薬物を使うときと同じ行動をとっても、身体には「快感」がない、つまり、「空振り」の状態が続きます。

これを何度もくり返すうちに、今まで覚せい剤を使っていたときと同じ刺激にさらされても、欲求を感じなくなり、薬物を再使用しなくても耐えられる身体状態が作り上げられていきます。

この第2ステージでは、過去の「つらかったこと」「ストレス状況」の書き出し作業も行います。


3.第3ステージ 「想像」

問題行動をしていた時に、何を見て、何をしていたのか思い出して、想像します。

嗜癖行動にどっぷりと浸かっていた頃の典型的な1日について、朝目覚めたときから嗜癖行動をするまでの状況を詳しく思い出してもらい、作文に書いたり、語ってもらう作業をくり返します。

例えば、朝出勤して、タイムカードを押して、今日の予定を聞くと、得意先を何軒か回る仕事だった。今日は件数が少なかったので、午前中でノルマが終わってしまった。そのまま会社に戻るのが規則だが、昼ごはんを食べて少しゆっくりする時間が取れた。1時間ならパチンコに行っても誰にも迷惑は掛けないし、お金も増えると考えてしまった。

嗜癖行動は日常生活の中でどっぷりと浸かっていたため、自分で意識していなくても、日常生活の中にある刺激によって、嗜癖行動につながっています。

そこで、あえて、自分自身を、嗜癖行動を行っていたときの記憶にさらすことで、その刺激に耐えられる状態を作り上げていきます。


4.第4ステージ 「維持」

この段階は復習です。

キーワード・アクション(おまじない)を1日5回、疑似ステージを1日5回、想像ステージを1日2回、毎日繰り返します。

この維持ステージを継続することで、第一信号系(動物的な脳)に働きかけて問題行動を制御して、第二信号系(人間的な脳)のコントロールを高めていきます。