新型コロナと心筋トロポニン
まとめ:心筋トロポニン(troponin)は、①心筋の壊死を伴う心筋障害を反映するマーカーであり、②発症3時間以内の超急性期においても高い診断精度があり、③心筋梗塞発症後7~10日は、遷延して異常値を示します。新型コロナ後遺症およびワクチン後遺症の心筋炎や心筋損傷で上昇する場合があります。
心筋には、新型コロナウイルスが細胞に侵入するためのACE2受容体が高密度に存在します。(2022, Hoffmann)
新型コロナ感染症では胸痛を示す患者は、1.6から17.7%であり(2021, Weng)、新型コロナ後遺症では約6%で胸痛が認められます。(2021, Michelen)
新型コロナ後遺症(PASC) 患者では、急性新型コロナ感染から 30 ~ 60 日後で10% ~ 20% の患者の有病率の範囲で、進行性の胸痛が一般的です。(2022, Satterfield)
新型コロナ感染症において、心筋トロポニンは8から12%の患者で上昇していますが、重症の新型コロナ感染症においては心筋トロポニンは大幅に上昇しており、心臓損傷のリスクが高くなります。(2020, Lippi)
新型コロナ感染症において、トロポニンレベルが高いと死亡率が高くなります。(2020, Tersalvi)
トロポニン、Dダイマー、CRP、WBCのレベルは、新型コロナ感染症の生存者よりも死亡者で有意に高かったことが報告されています。(2022, Ali)
新型コロナ後遺症(PASC) の心筋炎でトロポニンが正常化するのにどれくらいの時間がかかるかは不明です。(2022, Whiteson)
新型コロナワクチンを接種後にトロポニンが上昇して、冠動脈が閉塞していない患者では心筋炎を考慮する必要があります。(2022, Ioannou)
新型コロナワクチン接種後の心筋炎では、心筋トロポニンとCRPが上昇します。(2022, Leowattana)
トロポニンは筋肉を構成する蛋白質の一つで、トロポニンT、トロポニンI、トロポニンCで複合体を形成し、ミオシン等とともに心筋や骨格筋の収縮調節を担っています。トロポニンCは心筋と骨格筋のアイソフォーム(立体構造)が同じであるのに対し、トロポニンTとトロポニンIは異なるため、心筋トロポニンTおよび心筋トロポニンIは心筋特異性が高く、心筋の壊死を伴う心筋障害を反映するマーカーです。
虚血性心筋障害ではまず心筋の細胞膜が傷害され、CK、CK-MB、ミオグロビン、ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP)等の細胞質可溶性分画蛋白が血中に遊出します。さらに、虚血が進むと筋原線維が分解され、ミオシン軽鎖、トロポニン等の構造蛋白が遊出します。
従来の測定法では胸痛発症後3時間以内ではミオグロビンやH-FABPには劣り、CKの上昇とほぼ同時期の発症早期3~4時間後から異常値を呈していましたが、最近では高感度定量測定が可能となり、発症3時間以内の超急性期においても高い診断精度が示され、急性心筋梗塞患者の早期診断や急性冠症候群患者のリスク評価に有用な検査として重要視されています。
トロポニンTとトロポニンIの心筋梗塞発症後の血中濃度の経時変化はおよそ近似し、両者ともに異常値を示す期間は遷延します(7~10日)。しかし、トロポニンTの変化の方がより遅延するため、発症1週間ほどの心筋梗塞ではトロポニンTの方が高感度といわれています。逆に、超急性期ではトロポニンIの方が高感度という報告があります。また、トロポニンTは溶血の影響を受けますが、トロポニンIは溶血の影響を受けにくいという違いがあります。心筋損傷後、トロポニンIは10日、トロポニンTは14日で元のレベルに戻ります。(2016, Danese)
トロポニンは腎で排泄されることから、トロポニンT、トロポニンIともに腎不全患者では高値となりますが、いずれも筋肉注射や運動後では上昇しません。検査センターの多くは高感度トロポニンT検査を受託しています。