肝鬱・少陽枢機不利
まとめ:肝鬱・少陽枢機不利とは、主に外感病に使う六経弁証をうつ病に応用した考え方で、少陽における枢機不利がうつ病特に、間欠的激怒に関係している。感情の開閉異常。この間欠的激怒に対しては、柴胡を少量使う方法が有効である。
枢機(すうき):気機の運行が正常であることを枢機和調といい、運行がスムーズでないことを枢機不利という。枢(すう、戸ぼそ)とは、開き戸の回転軸。
六経弁証:張仲景が傷寒論で記載した弁証理論体系で、風寒の邪を感受した時にたどる6つの段階を示したもの。主に外感熱病(傷寒)に使うものである。
少陽:少陽には、①経脈の少陽と②六経の少陽と2つある。ここでは、六経の少陽で、気機の出入りを調整する“枢(戸ぼそ、pivot)”。
少陽を回す:少陽(気機の出入りを調節する枢(戸ぼそ))の開閉が出来なくなっているものを回して改善させる。
寒熱往来 :少陽枢機不利による陽気の出入失調
柴胡加竜骨牡蛎湯は、七情内傷で肝鬱化火して脾を損傷し、痰を生じて少陽枢機を阻滞したために生じる精神症状に用いる。
肝鬱・少陽枢機不利:①寒熱往来?(邪が陰陽両方に傾く)、②胸脇苦満(足少陽胆経の気滞)、③納少・嘔吐(胆経の気滞→犯胃)
| 項目 | 少陽枢機不利 | 肝火上炎 |
|---|---|---|
| 経過 | 波 | 持続 |
| 爆発後 | 落ちる、一旦楽になる | 落ちない |
| 熱 | 虚熱 | 実熱 |
| 舌苔 | 薄 | 厚黄 |
| 口渇 | なし〜軽度 | 強い |
| 便通 | 正常 | 便秘傾向 |
■少陽枢機不利の代表方剤
小柴胡湯:柴胡、黄芩、人参、半夏、炙甘草、生姜、大棗
竹筎温胆湯:柴胡、竹茹、桔梗、枳実、黄連、人参、麦門冬、陳皮、半夏、茯苓、甘草、香附子、生姜、大棗
柴胡加竜骨牡蛎湯:柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜、大棗、竜骨、牡蠣、桂枝、茯苓、大黄
(2019, Yun-Jin Yu)(2002, 金子)(2025, Cheung)(2023, Huan)(2025, Chang)(2024, 董振华)

柴胡加竜骨牡蛎湯【方论选录】
1.成无己:“伤寒八、九日,邪气已成热,而复传阳经之时,下之虚其里而热不除。胸满 而烦者,阳热客于胸中也;惊者,心恶热而神不守也;小便不利者,里虚津液不行也;谵语者, 胃热也;一身尽重不可转侧者,阳气内行于里,不营于表也。与柴胡汤以除胸满而烦,加龙 骨、牡蛎、铅丹,收敛神气而镇惊:加茯苓以行津液、利小便;加大黄以逐胃热、止谵语;加桂枝 以行阳气而解身重。错杂之邪,斯悉愈也。”(《注解伤寒论》卷3)
- 柯琴:“伤寒八、九日不解,阳盛阴虚,下之应不为过,而变症蜂起者,是未讲于调胃承 气之法,而下之不得其术也。胸满而烦,小便不利,三阳皆有是症。而惊是木邪犯心;谵语是 热邪人得一身尽重,是病在阳明而无气以动也;不可转侧,是关少阳而枢机不利也。此为少 阳、阳明并病,故取小柴胡之半,以转少阳之枢;辅大黄之勇,以开阳明之阖;满者忌甘,故去 甘草;小便不利,故加茯苓;惊者须重以镇怯,铅秉乾金之体,受癸水之气,能清上焦无形之烦 满,中焦有形之热结,炼而成丹,不特入心而安神,且以入肝而滋血矣;龙骨重能镇惊而平木: 蛎体坚不可破,其性守而不移,不特静可以镇惊,而寒可以除烦热,且咸能润下,佐茯苓以利 水,又能软坚,佐大黄以清胃也;半夏引阳入阴,能治目不瞑,亦安神之品,故少用为佐:人参 能通血脉,桂枝能行营气,一身尽重不可转侧者,在所必须,故虽胸满谵语而不去也。此于桑 胡方加味而取龙蛎名之者,亦以血气之属,同类相求耳。”(《伤寒来苏集·伤寒附翼》卷下)
3.王子接:“足经方治手经病者,参、苓、龙、牡、铅丹入足经而可转行于手经者也。手少 阴烦惊,从足太、少阳而来,故仍从柴、桂立方。邪来错杂不一,药亦错杂不一以治之。柴胡 引阳药升阳,大黄领阴药就阴;人参、炙草助阳明之神明,即所以益心虚也;茯苓、半夏、生姜 启少阳三焦之枢机,即所以通心机也;龙骨、牡蛎入阴摄神,镇东方甲木之魂,即所以镇心惊 也;龙、牡顽钝之质,佐桂枝即灵;邪入烦惊,痰气固结于阴分,用铅丹即坠。至于心经浮越之 邪,借少阳枢转出于太阳,即从兹收安内攘外之功矣。”(《绛雪园古方选注》卷上)
4.吴仪洛:“此汤治少阳经邪犯本之证,故于本方(指小柴胡汤)中除去甘草减大枣上行 阳分之味,而加大黄行阴以下夺其邪,兼茯苓以分利小便,龙骨、牡蛎、铅丹以镇肝胆之怯,桂 枝以通血脉之滞也。与救逆汤同义,彼以龙骨、牡蛎镇太阳经火逆之神乱,此以龙骨、牡蛎、 铅丹镇少阳经误下之烦惊,亦不易之定法也。”(《伤寒分经》卷8)
5.章楠:“大黄仅煎一、二沸,止取其气,随姜、桂、人参行阳之药以泄浮越之邪热,不取 其味以走腑也。”(《医门棒喝,伤寒论本旨》卷2)
【评议】上述医家对本方证病因、病机的剖析,较为切合实际的,当推成无己的观点:“伤 寒八、九日,邪气已成热,而复传阳经之时,下之虚其里而热不除”。而柯琴所言:“伤寒八、九 日不解,阳盛阴虚,下之应不为过,而变症蜂起者,是未讲于调胃承气之法,而下之不得其术 也。”似乎欠妥。有关本方配伍意义的论述,王子接谓:人参、炙草“益心虚”;茯苓、半夏、生姜 “通心机”;龙骨、牡蛎“镇心惊”;吴仪洛认为“龙骨、牡蛎、铅丹以镇肝胆之怯”。 别强调治心与治肝胆的不同,但镇惊却是一致的。章楠谓“大黄仅煎一、二沸,两者虽然分 孚越之邪热”,于医者临床用药具有重要意义。总之,该方证的病机与组方配伍,王子接的 邪来错杂不一,药亦错杂不一以治之”,即是很好的概括。值得注意的是,柯琴所说:“人参 电通血脉”,则依据不足。
【方論選録】
- 成無己:「傷寒の八、九日目、邪気はすでに熱となり、さらに陽経に伝じようとする時、下剤を用いると里を虚し、熱は除かれない。胸満して煩わしいのは、陽熱が胸中に宿っているからである。驚惶するのは、心が熱を嫌い、神が定まらないからである。小便不利なのは、里が虚して津液が巡らないからである。譫語するのは、胃熱によるものである。全身が重く、寝返りも打てないのは、陽気が里に内行し、表を営んでいないからである。柴胡湯を投与して胸の満感と煩悶を除き、竜骨・牡蠣・鉛丹を加えて神気を収斂し驚を鎮め、茯苓を加えて津液を行き渡らせ小便を利し、大黄を加えて胃熱を逐い譫語を止め、桂枝を加えて陽気を巡らせ身重を解す。錯綜した邪気は、これによってすべて治る。」(『注解傷寒論』巻3)
- 柯琴:「傷寒八、九日経ても解せず、陽盛陰虚の状態で、下剤を用いることは過ちではないが、変症が次々と現れるのは、胃を調え気を承じる法を講じておらず、下剤の術を得ていないためである。胸満と煩悶、小便不利は、三陽にいずれもこの症が見られる。驚は木邪が心を犯すことである。譫語は熱邪が身中に満ちて全身が重くなるのは、病が陽明にありながら気を動かし得ないためである。転側できないのは、関少陽の枢機が不利であるためである。これは少陽・陽明の併病であるため、小柴胡の半量を用いて少陽の枢機を転じ、大黄の勇を輔けて陽明の闔を開く。満には甘を忌むため、甘草を除く。小便不利であるため、茯苓を加える。驚愕には重さを用いて怯を鎮めねばならない。鉛は乾金(乾天)の体を持ち、癸水の気を受け、上焦の無形の煩満と中焦の有形の熱結を清め、丹に練り上げられる。単に心に入り安神するだけでなく、肝に入り血を滋養する。龍骨は重く、驚愕を鎮め木を平らげる。牡蛎は体が堅く破れず、その性質は守り動じない。静の性質で驚を鎮めるだけでなく、寒の性質で煩熱を除き、さらに咸の性質で潤下し、茯苓を補って利尿を促し、また堅を軟化させ、 大黄を佐して胃を清める。半夏は陽を陰に導き、目を開いたまま眠れないのを治すことができ、これも安神の品であるため、少量を用いて佐とする。人参は血脈を通じ、桂枝は営気を巡らせる。全身が重く身動きできない者には不可欠であるため、たとえ胸満や譫語があってもこれを用いる。これは桑葎子湯に加味し、竜蛎を加えて名付けたもので、これも血気属の類であり、同類が互いに求めているに過ぎない。」(『傷寒来蘇集・傷寒附翼』巻下)
- 王子接は言う。「足経の処方をもって手経の病を治すものには、人参、茯苓、竜蛎、牡蛎、鉛丹があり、これらは足経に入りつつ手経へと転行し得るものである。手少陰の煩驚は、足太陰・少陽から来るため、依然として柴胡・桂皮を用いて方剤を立てる。邪気は錯綜して一様でないため、薬もまた錯綜して一様でないもので治す。柴胡は陽薬を導き陽を昇らせ、大黄は陰薬を率いて陰に就かせる。人参・炙草は陽明の神明を助け、すなわち心虚を益するものである。茯苓、半夏、生姜は少陽・三焦の枢機を啓発し、これをもって心機を通すのである。龍骨、牡蠣は陰に入り神を摂り、東方の甲木の魂を鎮め、これをもって心驚を鎮めるのである。龍骨、牡蠣の頑鈍な性質は、桂枝を佐すれば即ち霊験あらたかとなる。邪気が入って煩驚を生じ、痰気が陰分に固結した場合は、鉛丹を用いれば即ちこれを墜落させる。心経の浮越する邪気については、少陽の枢転を借りて太陽経へと出し、これによって内を収め外を攘る功を成すのである。」(『緋雪園古方選注』巻上)
4.呉儀洛:「この湯は、少陽経の邪が本経を犯す証を治すものである。故に本方(小柴胡湯を指す)から甘草を除き、大棗の上行して陽分に向かう性質を減らし、大黄を加えて陰以下を行き渡らせて邪を奪い、併せて茯苓を用いて小便を利し、竜骨・牡蠣・鉛丹をもって肝胆の怯を鎮め、桂枝をもって血脈の滞りを通すのである。救逆湯と同義であり、あちらは竜骨・牡蠣を用いて太陽経の火逆による神乱を鎮め、こちらは竜骨・牡蠣・鉛丹を用いて少陽経の誤下による煩驚を鎮めるものであり、これもまた不変の定法である。」(『傷寒分経』巻8)
- 章楠:「 大黄は一、二沸煎じるのみで、その気のみを取り、生姜、桂枝、人参といった陽を動かす薬と共に用いて浮越する邪熱を泄らし、その味を用いて腑に走らせることはしない。」(『医門棒喝・傷寒論本旨』巻2)
【評議】上記の医家による本方の証・病因・病機に対する分析は、比較的現実的であり、成無己の見解が最も妥当である。「 「傷寒八、九日、邪気はすでに熱となり、さらに陽経に伝じるとき、下剤を用いれば里を虚し、熱は除かれぬ」。一方、柯琴の「傷寒八、九日解せず、陽盛陰虚の際、下剤を用いることは過ちではないが、変症が蜂起するのは、調胃承気法の要領を講じておらず、下剤の術を得ていないためである」という説は、やや妥当を欠くように思われる。本方の配伍意義に関する論述について、王子接は人参・炙草が「心虚を益す」、茯苓・半夏・生姜が「心機を通す」、竜骨・牡蠣が「心驚を鎮める」と述べている。呉儀洛は「竜骨・牡蠣・鉛丹は肝胆の怯を鎮める」と考えている。心と肝胆の治療の違いを強調しているが、驚を鎮めるという点では一致している。章楠は「大黄は一、二沸だけ煎じ、両者は分孚越の邪熱を治す」と述べ、これは臨床医の薬剤使用において重要な意義を持つ。要するに、本方の病機と組方配伍について、王子接が「邪来錯雑不一、薬亦錯雑不一以治之」と述べたのは、極めて適切な要約である。注目すべきは、柯琴が「人参は血脈を通す」と述べた点について、根拠が不十分であるということである。

