肝は五臓泥棒

まとめ:「肝為五臓之賊(肝は五臓泥棒)」とは、肝の疏泄・蔵血機能が失調すると、気血・津液の流れが乱れ、本来の「将軍之官」である肝が「肝賊」となって心・肺・脾・腎などの他臓へ影響することで、多様な病気を引き起こすという中医学の考え方である。偏頭痛、慢性咳嗽、耳鳴、胃腸障害、不眠、腎疾患など、一見すると肝とは直接関係しない疾患でも、肝鬱、肝火、肝陽上亢、肝血・肝陰不足などが病態形成に関与すると考え、疏肝・清肝・平肝・柔肝・養肝を他臓の治療と組み合わせる。とくに通常の治療で改善しにくい慢性・難治性疾患では、五臓相互の関係から「肝」を治療に組み込むことが重要となり、弦脈、易怒・焦燥、口苦、情志による症状増悪などを伴う場合には、より積極的に「肝」の関与を考えて治療することが重要とされる。

2026年、童振東らは、汪悦教授の「肝為五臓之長」理論に基づき、シェーグレン症候群の基本病機を陰虚津虧としながら、肝の疏泄失調が脾・心・腎・肺へ波及することで多彩な合併症を生じると考え、「調肝以安五臓」を治療原則としている。眼症状は肝経湿熱・上攻於目として竜胆瀉肝湯(竜胆草、黄芩、梔子、沢瀉、車前子、木通など)を用い、目赤には菊花・夏枯草、乾燥や視物昏蒙には谷精草・枸杞子を加える。脘腹脹満、食欲不振、大便溏泄などは肝木乗脾・津液不布と捉え、痛瀉要方・七味白朮散を基本に太子参、炒白朮、山薬、陳皮、炒白芍、葛根、烏梅、五味子、芦根、石斛、玉竹などを用い、滋陰薬の過用を避けて補脾柔肝によって津液を輸布し、反酸・噯気には左金丸(黄連、呉茱萸)または半夏瀉心湯を併用する。口腔潰瘍は心肝火旺・心火上炎として竜胆瀉肝湯合導赤散を用い、竜胆草、黄芩、梔子、黄連、生地黄、麦門冬、淡竹葉、小通草、生甘草などを配し、反復する口腔潰瘍では生甘草10~20 gを重用する。夜間頻尿、耳鳴、骨粗鬆症などは肝腎虧虚・陰陽俱損として一貫煎合六味地黄丸を基本とし、耳鳴には煅磁石20~30 g、小便清長・畏寒には淫羊藿・肉桂、蛋白尿には黄耆・六月雪・黄蜀葵花・制大黄、骨粗鬆症には独活寄生湯を加える。乾性咳嗽や鼻咽頭乾燥は木火刑金・肺燥津傷と捉え、黛蛤散合沙参麦冬湯を用い、青黛・海蛤殻によって清金制木しながら肺陰を養い、白痰には法半夏・陳皮・化橘紅、痰が多く清稀なら茯苓・炒白朮、黄痰には清金化痰丸、熱象が強ければ魚腥草・金蕎麦を加える。症例では39歳女性の眼乾・口乾、軟便、食欲低下、疲労、緊張・不安を肝木乗脾・津液不布と弁証し、痛瀉要方合七味白朮散を基礎に麩炒白朮10 g、麩炒山薬10 g、太子参12 g、炒白芍6 g、防風6 g、麦門冬10 g、葛根10 g、生地黄15 g、乾石斛6 g、玉竹10 g、醋五味子6 g、醋柴胡6 g、合歓皮15 g、夏枯草10 g、首烏藤12 g、茯神12 g、菊花10 g、土茯苓15 g、天花粉10 g、丹参15 g、墨旱蓮10 g、炮姜3 g、炙甘草6 gを投与したところ、口眼乾燥、情緒、便性状が改善し、その後の加減により口眼乾燥はほぼ消失した。著者らは、シェーグレン症候群の乾燥を単純な津液不足として補陰するのではなく、肝の疏泄と脾の運化を整えて津液の輸布を回復させることが重要であり、肝を調えることで脾・心・腎・肺を調整する「肝為五臓之長」の考え方が多臓器病変の治療に応用できるとしている。(2026年、童振東)

贾跃进は「肝為五臓之賊」の理論から、失眠は陽不入陰を基本とするものの、その本質には肝の疏泄失調による全身気機の乱れがあり、肝病が心・脾・肺・腎へ波及することで多様な不眠が形成されると考え、治療ではまず肝気を調えることを重視している。肝鬱化火による失眠には清熱瀉火・滋肝養血を目的に丹梔逍遥散加減(牡丹皮、炒梔子、当帰、白芍、川楝子、木香、檳榔、枸杞子、西洋参、丹参、決明子、大棗)を用い、情志抑鬱から肝気鬱滞、鬱久化熱、痰火を生じた場合には疏肝解鬱・清熱化痰として柴芩温胆湯加減(柴胡、黄芩、夏枯草、薄荷、桔梗、炒枳殻、厚朴、炒芡実、白扁豆、竹茹、合歓花、玫瑰花、生麦芽など)を用いる。肝血不足が心血不足へ波及し、肝魂不安・心神失養となった陰虚血少の失眠には養心安神・柔肝定魂として自擬養心定魂方(当帰、白芍、青皮、刺五加、蓮子心、桑椹、百合、釣藤鈎、珍珠母、柏子仁、鶏血藤、炙甘草)を用いる。反復する感冒などによる肺気虚から肺金が肝木を制御できず、木亢侮金・痰火搏結となる失眠には補肺平肝・化痰安神として自擬補肺平肝方(生黄耆、生晒参、炒白朮、防風、浙貝母、麦門冬、五味子、生竜骨、石決明、芦根、玉竹、栝楼仁)を用いる。とくに臨床で多い肝鬱脾虚では「肝升脾降」を重視し、疏肝健脾・理気化痰・解鬱安神として自擬疏肝健脾方(香附、砂仁、党参、炒白朮、清半夏、陳皮、茯苓、合歓皮、酸棗仁、川牛膝、炒枳実、炒薏苡仁)を用い、便秘が強ければ炒萊菔子を加える。肝腎陰虚、水不涵木、虚火内擾に瘀血を伴う場合には滋補肝腎・活血化瘀として知柏地黄湯加減(知母、黄柏、生地黄、山茱萸、山薬、太子参、制遠志、首烏藤、煅牡蛎、芦根、延胡索、浮小麦)を用い、更年期で陰陽両虚を伴えば仙茅を加える。症例では43歳男性の入眠困難、多夢、疲労、頭重、煩躁、集中力低下、冷飲による胃部不快・泄瀉、胖大舌などを肝鬱脾虚・痰湿蘊熱と弁証し、香砂六君子湯加減として香附10 g、炒白朮20 g、砂仁8 g、党参20 g、茯苓30 g、清半夏9 g、陳皮10 g、合歓皮20 g、制遠志10 g、芦根20 g、酸棗仁20 g、炒薏苡仁45 gを投与したところ入眠時間、疲労、健忘、咽痒などが改善し、その後、生牡蛎30 g、藿香10 gを加減して睡眠、多夢、乏力がさらに改善した。著者らは、失眠では単に心神を安定させるのではなく、肝を五臓病変の先導と捉えて調肝を基本とし、心肝・肝脾・肝肺・肝腎という複合病機に応じて五臓を調整すること、とくに「肝升脾降」によって全身の気機を整えることが重要としている。(2025年、申斐)

冠心病は中医学では「胸痹」「心痛」に属し、基本病機は心気・心血・心陰・心陽の不足を本、気滞・痰濁・血瘀による心脈痹阻を標とする「本虚標実」であるが、著者らは「肝為五臓之賊」の理論から、肝失疏泄・肝鬱気滞が冠心病の発症・進展に重要な役割を果たすと考えている。肝は疏泄を主り全身の気機を調節するため、肝気鬱結によって升降出入が失調すると、脾の升清や肺の粛降にも影響し、気滞・痰濁・血瘀が形成されて心脈を阻滞する。また肝は蔵血を主り、肝血は心血を充養するため、肝の疏泄・蔵血機能が失調すれば気血運行が障害され、心脈痹阻を生じる。このため治療では疏肝暢情志、調理気機、活血化瘀・通絡を基本とし、肝気不舒には柴胡疏肝散、四逆散などを加減し、香附、合歓花、合歓皮、薄荷、青皮、枳殻、鬱金などを加えて疏肝理気解鬱を図る。症例は64歳女性で、冠動脈造影にて左前下行枝中段約75%狭窄、右冠動脈遠位部から後下行枝近位部に最大約85%狭窄を認め、血管形成術後も頭暈が持続し、胸悶痛、心悸、乏力、気短、口乾苦、焦慮、食欲・睡眠不良、大便不成形、淡舌・瘀点、薄白苔、弦渋脈を認めた。肝鬱脾虚・肝血虧虚を背景とする気滞血瘀証と弁証し、疏肝理気・活血通絡を目的に柴胡疏肝散合四物湯加減として香附15 g、川芎15 g、枳殻10 g、当帰25 g、薤白10 g、赤芍20 g、三七粉3 g、北柴胡15 g、陳皮12 g、炙甘草15 g、栝楼15 g、生地黄15 gを投与したところ、7日後には胸悶痛、頭暈、焦慮、大便、睡眠が改善し、酸棗仁20 gを加え、枳殻を15 gへ増量した。その後さらに症状が改善したため三七粉・生地黄を除き、鶏血藤30 gを加えて活血補血した。著者らは、情志不遂によって肝が傷られ、肝失疏泄から気機鬱滞、気血津液の運行障害、痰瘀互結へ進み、最終的に心脈痹阻を形成することを「肝為五臓之賊」の観点から重視し、冠心病では心のみを治療するのではなく、疏肝理気によって全身の気機を整え、活血化瘀・通絡を組み合わせることが重要としている。(2025年、謝晋紅)

2023年、馬瑞山らは「肝為五臓之賊」の理論から、偏頭痛は肝の疏泄・蔵血失調を中心に、気鬱から化火、気滞から血瘀・痰濁、肝気上逆、肝血不足による脳竅失養、肝陰不足による肝陽上亢など複数の病機によって生じると整理している。さらに肝病は心・肺・脾・腎へ波及し、瘀血・痰濁・精血不足を介して頭痛を形成するため、治療は疏肝解鬱、清肝瀉火、平肝潜陽、養血柔肝を基本とする。臨床報告では、肝鬱気結に清脳舒鬱湯、開鬱透邪方、疏肝解鬱膠囊(貫葉金絲桃、刺五加)、肝火上炎・瘀血に瀉火止痛湯、清肝化瘀方、清肝活血湯、丹珍頭痛膠囊、肝陽上亢に天麻鈎藤飲加減、頭痛寧膠囊、肝血不足・肝失柔養に養血平肝湯、柔肝愈偏飲、柔肝熄風湯、養血清脳顆粒が用いられている。ただし、疏肝解鬱膠囊以外の各方剤について構成生薬・用量は本論文には記載されていない。要するに、偏頭痛を単純な「肝陽上亢」とせず、肝鬱・肝火・肝陽・肝血の4系統を見分け、さらに痰・瘀・脾腎との関連を加味することが臨床上のポイントである(2023年、馬瑞山)。

2025年、劉浩翔らは「肝為五臓之賊」を、肝失疏泄による全身の気血失調が他臓へ波及する病態と捉え、肺・腎疾患4例を提示した。肝は一身の気機を疏泄し、肝升肺降、肝腎精血同源という関係から、難治性の肺腎疾患でも肝を同時に治すことが重要としている。久咳例は脾虚肝鬱・痰阻気滞として、柴胡桂枝湯加減(柴胡12g、芦根12g、葛根12g、炒神曲12g、忍冬藤12g、炒山楂12g、大棗12g、酒黄芩9g、清半夏9g、青皮9g、陳皮9g、桂枝9g、炒白芍9g、地竜9g、乾姜9g、生姜9g、党参15g、五味子6g、荊芥穂6g、砂仁6g、細辛3g、生甘草3g)を投与し改善した。肺だけを宣降するのではなく、疏肝理気によって肝升肺降を回復させることを治療の核心としている。鼻鼽例は痰熱阻肺・脾虚肝旺として、柴平湯加減(党参15g、忍冬藤15g、生竜骨15g、生牡蛎15g、柴胡12g、蒼朮12g、白朮12g、青竹茹12g、炒山楂12g、炒神曲12g、芦根12g、葛根12g、酒黄芩9g、清半夏9g、佩蘭9g、青皮9g、陳皮9g、厚朴9g、防風6g、砂仁6g、生甘草3g)を用い、20年来の鼻鼽が改善した。小柴胡湯で疏肝し、平胃散で健脾燥湿することで、疏肝・宣肺・健脾・清熱化痰を同時に行う構成である。耳鳴例は腎虚肝鬱・気虚血瘀として、柴胡疏肝散合六味地黄丸加減(柴胡9g、牡丹皮9g、山萸肉9g、赤芍12g、白芍12g、生地黄12g、熟地黄12g、葛根12g、懐牛膝12g、炒杜仲12g、羌活12g、独活12g、茯苓15g、生竜骨15g、生牡蛎15g、磁石30g、砂仁6g、生甘草3g)を使用し、疏肝滋腎・平肝潜陽・通耳益聡を図り治癒した。腰痛・皮疹例は腎虚肝鬱・湿熱内擾として、党参12g、柴胡12g、蒼朮12g、土茯苓12g、生薏苡仁12g、懐牛膝12g、葛根12g、玄参12g、炒神曲12g、青皮9g、陳皮9g、酒黄芩9g、炒黄柏9g、清半夏9g、白鮮皮9g、知母9g、酒大黄9g、竹葉6g、防風6g、砂仁6g、生甘草3gを用い、疏肝益腎を軸に清熱利湿を併用して腰痛・皮疹とも改善した。臨床的には、慢性の咳・鼻炎・耳鳴・腰痛で本臓だけを治して反応が悪く、弦脈、易怒・焦燥、口苦、情志による増悪など肝失疏泄の徴候があれば「肝」を治療に組み込む、というのが本論文の最も使いやすいポイントである(2025年、劉浩翔)。

腹瀉型過敏性腸症候群(IBS-D)は中医学では「泄瀉」「腹痛」に属し、肝鬱脾虚、脾虚湿盛、脾腎陽虚、脾胃湿熱、寒熱錯雑などに分類される。著者らは黄元御の「肝為五臓之賊」、すなわち肝木の失調が他臓を侵して五臓の陰陽失調を引き起こすという理論から、IBS-Dは病位を脾胃としながらも肝木為病が重要な発症・伝変機序であり、各証型で治肝法を併用すべきと論じている。肝鬱脾虚は「木鬱土滞」として疏肝を重視し、柴胡疏肝散加減(柴胡、香附、川芎、陳皮、枳殻、白芍、炙甘草)を用いて培土疏木する。脾虚湿盛は「湿土不運」として参苓白朮散加減(人参、茯苓、白朮、山薬、蓮子肉、白扁豆、薏苡仁、砂仁、桔梗、炙甘草)を基本とし、佛手花、木蝴蝶を加えて平肝理気・解鬱和胃し、培土利湿と平肝を併用する。脾腎陽虚は「水土湿寒」として四神丸(補骨脂、肉豆蔲、呉茱萸、五味子、大棗、生姜)を基本に温暖水土し、肝虚有寒による疏泄不及が脾腎を損なう場合には大建中湯(蜀椒、乾姜、人参、飴糖)を合方して温肝散寒する。脾胃湿熱は「中土湿熱」として葛根芩連湯(葛根、黄芩、黄連、甘草)で清熱利湿し、肝鬱化火が中焦の湿熱を助長する場合には大柴胡湯(柴胡、大黄、枳実、黄芩、白芍、半夏、生姜、大棗)を合用して清肝する。寒熱錯雑は肝の疏泄太過による「肝熱脾寒」と捉え、単純に苦寒薬で肝熱を瀉すのではなく、烏梅丸(烏梅、黄連、黄柏、細辛、川椒、桂枝、乾姜、附子、人参、当帰)を用いて敛肝を中心に温脾を兼ね、寒熱の程度に応じて黄連、黄柏、乾姜などの量を調節する。このようにIBS-Dでは証型ごとに病機は異なるものの、肝の疏泄失調が脾胃のみならず腎・心・肺にも影響して泄瀉を形成すると考え、肝鬱脾虚では疏肝、脾虚湿盛では平肝、脾腎陽虚では温肝、脾胃湿熱では清肝、寒熱錯雑では敛肝を組み合わせることが治療の要点であり、さらに情志不遂と消化器症状が相互に悪化することを避けるため心理面への対応も重視している。(2024年、葉艋玮)

2024年、宋尚義らは、尋常性乾癬(白疕)は「病発於外、本在於内」であり、その内在病機を肝不和と捉え、「肝為五臓之賊」から調肝柔木法を提唱した。肝の疏泄・蔵血失調により気血不和を来し、肌膚失養・乾燥・瘙痒・鱗屑を生じ、さらに肝鬱が脾・心・肺・腎へ波及して湿、血熱、肺燥、陰虚などを形成すると考察している。治療は病期別とし、進行期は血熱、静止期は湿毒瘀を治しながら調肝する。通常の曲池、阿是穴、足三里、肺俞、血海、膈俞に、調肝柔木法として太衝・合谷・期門と肝俞温灸を加える。太衝で疏肝理気し、合谷と合わせて気血を調え、期門で清肝火・疏肝気を図り、肝俞との俞募配穴によって肝の陰陽を調整する。肝俞の温灸は約10分、週2回程度、鍼治療は留鍼20分、通常週3回としている。消退期も治療を終了せず、疏肝斂陰・情志調護による再発予防を重視し、合谷、太衝、足三里、期門を主穴、百会、印堂を配穴とし、太衝から湧泉方向へ透刺して肝腎を同調させる。肝俞を10~15分温灸し、論文では約3か月の継続治療を提案している。症例は26歳男性、6年来の尋常性乾癬で肝鬱血熱と辨証し、進行期に皮疹への毫火鍼と曲池、足三里、肺俞、血海、膈俞、太衝、合谷、期門、肝俞温灸を行い、3週で皮疹縮小・鱗屑減少、第4週から刺絡抜罐へ変更して皮疹が消退した。その後、合谷、太衝、足三里、期門、百会、肝俞温灸で6週間維持し、約1年後の追跡でも再発を認めなかった。臨床的には、乾癬を「血熱・血瘀」だけで処理せず、肝鬱・情志異常を病態の根に置き、活動期は「治血+調肝」、消退期は「調肝+再発予防」へ切り替える点が特徴である。なお、本論文は中薬方剤ではなく、鍼灸の治療理論・症例報告である(2024年、宋尚義)。

傅杰英は「肝為五臓之賊」の観点から、現代の慢性疾患、難治性疾患、自己免疫疾患、代謝性疾患などの多くは、生活・仕事・人間関係などの社会環境に対する肝の調節機能が失調し、本来の「将軍之官」である肝が「肝賊」となって他臓へ影響することで形成されると考えている。肝は体陰而用陽、内に相火を蔵し、易動難静であるため、過度の社会的・心理的負荷によって失調しやすく、その原因を先天的体質、幼少期の経験・性格・職業上の競争・長期の夜更かし・過度の眼精疲労・薬物使用・高カロリー食などの後天的要因、さらに脂肪肝・慢性肝炎・肝胆結石など肝胆自体の異常に分類している。臨床では弦脈、充実した舌体、胸脇部の浮絡や疼痛、爪の縦線、尺膚の脹実感、強い環境ストレス、痩せ型にもかかわらず脂肪肝・高脂血症を呈すること、敏感で感情を表出しにくく急躁易怒であることなどを「肝賊」を見つける手掛かりとしている。肝気鬱結・枢機不利では期門、肝兪、太衝または曲泉、日月、胆兪、陽陵泉または丘墟、内関、膻中、三陰交などを用い、初診時には肩井、大椎、膈兪から胆兪、膻中、胸脇、肘窩への抜罐と必要に応じた刺絡放血を行い、肝鬱に脾気虚・肝血虚を伴えば膈兪、足三里、三陰交へ灸を加える。肝気横逆・気血逆乱では激しい頭痛、胃潰瘍・出血、心への波及、咳嗽・喘息、月経異常などを呈し、合谷・太衝・太陰、期門・日月・陽陵泉・侠渓、肝兪・胆兪・太衝・湧泉などを交互に用い、足三里、三陰交、膈兪への灸によって気血を下行させる。陰虚陽亢・相火擾動では寸関弦細・尺弱、舌紅、心煩、不眠、耳鳴、腰酸などを認め、肺兪・腎兪・懸鐘・然谷、尺沢・関元・太衝・太渓、気海・三陰交・労宮・行間などを交互に用い、肝木を腎水で養い肺金で制する考えから腎陰を滋養するとともに、中薬による補肝血を併用する。肝血不足・陰虚生寒では沈弦細脈、淡舌、手足冷感、胆怯易恐などを認め、肝兪・膈兪・腎兪、神闕・関元・太衝、肝兪・気海・三陰交を交互に用い、膈兪・腎兪・三陰交への灸と補肝柔肝薬を併用する。肝経湿熱・上擾下注では口乾口苦、眼充血、外陰部湿潤、耳・眼・生殖器の炎症、全身の酸困疼痛、筋緊張、痤瘡などを認め、期門、日月、肝兪、胆兪、太衝、行間、陰陵泉を用いるが、単純に清熱するのではなく、脾胃を気機升降の枢軸と捉え、脾兪、胃兪、大腸兪への温鍼灸によって中焦を温運し、湿熱の排出経路を確保することを重視する。著者は、現代人では肝の負荷増大によって「肝賊」が心・脾・肺・腎へ波及し、慢性疾患、婦人科疾患、自己免疫疾患、難治性疾患などとして現れるため、病名だけでなく肝失調の徴候を見つけて調肝することが重要であり、肝陰虚・肝血虚では針灸だけでなく滋陰・柔肝・養肝血の中薬を組み合わせることを重視している。(2021年、閻利琴)

小児急驚風は高熱、抽搐、神昏を主症状とする急危重症であり、著者らは「肝為五臓之賊」の理論から、その発症・伝変を肝を中心に捉えている。肝は厥陰風木に属し、蔵血・主筋・疏泄を担い、体陰而用陽、主升主動、喜条達而悪抑鬱という性質をもち、肝失疏泄・気血失和となれば、自病するだけでなく上逆犯心、横逆克脾、直逆侮肺、下陷擾腎して五臓へ波及する。とくに小児は稚陰稚陽、少陽之体、肝常有余という生理的特徴があり、肝陰・肝血が相対的に不足しやすい一方、肝陽・肝気が亢進しやすく、肝気鬱滞から鬱久化火、熱盛動風へ進みやすい。また肺常不足のため外邪を受けて入裏化熱し、肝侮肺によって熱極生風となり、肝失条達によって脾の運化が障害されれば痰を生じ、痰盛生驚から抽搐を来し、さらに肝失疏泄が腎の封蔵を乱せば腎精不足・肝血虧耗から肝陽上亢・肝風内動へ進むと考える。治療は肝を根本として清肝瀉実、柔肝達鬱、養肝栄血、暖肝煦陽の四法を使い分ける。肝火熾盛・熱極生風には清肝瀉実を行い、竜胆瀉肝湯加減を用い、竜胆草で肝火を瀉し、黄芩・梔子で清熱し、柴胡で疏肝暢気し、当帰・生地黄で滋陰養血することで、清中有養・瀉中有滋として肝体と肝用を同時に調える。肝失疏泄・木鬱不達から気滞血行不利となる場合には柔肝解鬱止驚として柴胡疏肝散を用い、柴胡で疏肝し、白芍・当帰で敛陰柔肝・養血和血し、白朮・茯苓で健脾益気して営血の化源を補い、薄荷で疏肝透熱し、肝脾同治・気血兼顧によって肝体を補い肝用を調える。肝陰・肝血不足から肝陽上亢・筋脈失養・肝風内動を来す場合には養肝栄血を行い、一貫煎(生地黄、枸杞子、当帰、麦門冬、北沙参、川楝子)を用いて滋陰養血・柔肝し、少量の川楝子によって疏肝理気・泄熱する。肝陽虚によって疏泄・升発が低下し、相火が敷布できず、気鬱化熱あるいは肝陰失温・筋脈失養から風動を来す場合には暖肝煦陽を行い、暖肝煎加減(小茴香、肉桂、烏薬、枸杞子、当帰、柴胡)を用い、小茴香・肉桂・烏薬で暖肝補陽し、枸杞子・当帰で肝陰肝血を補い、柴胡で肝気を疏暢する。ただし肝陽虚でも鬱熱を伴うことがあるため、過度に温陽あるいは清熱することを避け、必要に応じて寒熱兼顧・温清補兼施とする。著者らは、小児急驚風では単に熄風止痙するのではなく、小児特有の肝木の生理を踏まえ、肝実を清し、肝体を温め、肝血を養い、肝性を柔らげることを基本とし、さらに心・脾・肺・腎との関係や痰・瘀・湿・濁・飲、六淫などを考慮して標本同治・緩急分施することが重要としている。(2021年、姜盈盈)

楊進は「肝為五臓之賊」の理論から、慢性胃病では胃そのものだけでなく、肝の疏泄失調による気機不暢と情志変化を重視している。肝は疏泄・蔵血を主り、気血津液の運行、脾胃の運化、胆汁の疏泄、情志活動を調節するため、肝気鬱結すると脾胃の升降が乱れ、納呆、腹脹、噯気、呑酸、腹痛、泄瀉、便秘などを生じ、さらに慢性胃病による脾胃虚弱が肝を失養させることで肝鬱を悪化させるという相互関係が形成される。このため治療では疏肝理気を基本としながら脾胃の升降を整えることを重視し、脾虚を伴えば補益脾気を加え、情志不暢、焦慮、煩躁、失眠などを伴えば疏肝解鬱・養心安神を併用する。疏肝和胃には四逆散を最も重視し、肝脾不和・胃気不降を調える基本方と位置づけ、焦慮・煩躁には合歓皮、茯神、珍珠母、泛酸・胃脹・噯気には呉茱萸、代赭石、烏賊骨、浙貝母、腎虚肝鬱を伴う腰酸、痤瘡、急躁易怒、耳鳴、健忘には枸杞子、生地黄、香附などを加える。また玫瑰花、月季花、緑萼梅、梅花、旋覆花、代代花、白残花、佛手花、合歓花、檀香、藿香、砂仁、白豆蔲、葛花などの芳香性・花類生薬を好んで用い、疏肝理気とともに醒脾和胃して脾胃の気機升降を促す。脾胃虚弱・土虚木乗による慢性胃炎の症例では、食欲不振、食後膨満、噯気、呑酸、大便不実、倦怠、下肢乏力に対して健脾疏肝和胃を目的に香砂六君子湯合芍薬甘草湯加減として党参10 g、炒白朮10 g、茯苓12 g、砂仁6 g、木香6 g、呉茱萸3 g、炒柴胡6 g、炒延胡索10 g、炒白芍15 g、焦三仙各12 g、大腹皮10 g、炙甘草3 gを用いている。胃陰虧虚・気機失暢による萎縮性胃炎では、胃脘隠痛、脹満、口乾舌燥、大便乾結、倦怠、消痩に対して益胃養陰・条達気機を目的に沙参麦冬湯合益胃湯を基本として北沙参10 g、麦門冬9 g、玉竹9 g、生白芍9 g、炒川楝子9 g、炒延胡索8 g、天花粉10 g、佛手花6 g、荷葉6 g、厚朴花4 g、炙甘草3 gを用い、滋陰しながら疏肝して胃陰を傷つけず、芳香性生薬によって脾胃の気機を鼓動させ津液を輸布する。肝気乗脾による慢性泄瀉では、腹痛即泄・泄後痛減、完谷不化、噯気、倦怠、失眠を認め、培土制木を目的に党参10 g、炙黄耆18 g、炒白朮10 g、炒柴胡6 g、炒枳殻9 g、炒白芍10 g、陳皮10 g、炒扁豆12 g、茯苓9 g、石榴皮15 g、合歓花10 g、珍珠母15 g、砂仁5 g、炙甘草3 gを用い、逍遥散合四逆散を基本として疏肝健脾・利湿止瀉・寧心安神を図っている。さらに肝硬化、脾腫、胸腹水など土敗木賊・気虚血瘀の病態では、単に疏肝散結・活血化瘀するのではなく扶助脾胃を重視し、当帰補血湯を基本に黄耆を重用し、生鶏内金、生麦芽で運脾消滞、莪朮、丹参で活血化瘀し、陰虚には鼈甲・牡蛎、陽虚には桂枝・附子を加えて攻補兼施とする。著者らは、慢性胃病では肝鬱と脾胃虚弱が互いに影響し、さらに失眠、焦慮、煩躁などの情志異常が胃病を反復・遷延させるため、疏肝・養肝・平肝だけでなく、健脾和胃、養心安神、情志疏導を組み合わせ、肝・心・脾胃を一体として調えることが重要としている。(2019年、郭士杰)

HIV/AIDSについて著者らは「肝為五臓之賊」の理論から、従来重視されてきた腎・脾・肺だけでなく、肝の疏泄・蔵血失調が五臓へ波及することを発症・進展の重要な病機としている。肝気が冲和条達すれば気血が流暢となり臓腑陰陽が協調するが、肝気が失調すると気血津液の運行が障害され、心・肺・脾・腎へ病変が及ぶ。肝病及心では、肝血瘀阻が心・脳へ波及すると頭痛、痴呆、抽搐、意識・認知障害などを来し、心肝血虚には四物湯加丹参、心肝気血俱虚には八珍湯、心肝気鬱には越鞠丸、心肝火旺には竜胆瀉肝湯合牛黄清心丸、心肝虚熱には酸棗仁湯を用いる。またHIV/AIDSに伴う抑鬱、心煩、不眠、急躁易怒などの情志異常では疏肝を重視し、逍遥散、鬱久化火には丹梔逍遥散、火熱が津液を傷り真陰虧虚となれば滋水清肝飲を用い、薬物だけでなく心理的な疏導も併用する。肝病及肺では肝鬱化火・肝火上炎・肝気上逆によって肺陰が傷られ肺失粛降となり、咳嗽、喀血、胸痛などの木火刑金を生じるとし、肝火犯肺の咳嗽には疏肝理気・降逆止咳として四逆散、逍遥散合止嗽散加減を用い、痰瘀阻肺による咳喘、喀痰、胸痛では滌痰祛瘀・瀉肺平喘に疏肝理気を加える。肝病及脾では、肝失疏泄によって脾升胃降が障害され、腹脹、胸脇脹痛、腸鳴、腹瀉などを生じるとし、肝脾不調には四逆散、肝鬱脾虚には逍遥散、火旺を伴えば丹梔逍遥散、血虚が強ければ黒逍遥散、腹瀉を伴えば痛瀉要方、肝火犯胃には左金丸、肝胃虚寒には呉茱萸湯を用い、健脾益気和胃だけでなく疏肝理気を併用して脾胃の升降を回復させる。肝病及腎では肝腎同源、精血同源、藏泄互用の関係から、病久による肝腎陰血耗傷・精血虧虚・元気虚損を重視し、肝腎陰虚には六味地黄丸、目昏には杞菊地黄丸、肝腎不足には七宝美髯丹を用い、四肢・下肢痿軟、筋萎縮、嚥下困難などのAIDS痿証で肝腎脾の気血精液虧虚を認める場合には益気養血・滋肝補腎として補中益気湯合二仙湯加減を用いる。さらに肝鬱痰凝による頸部・腋窩・鼠径部リンパ節腫大には疏肝解鬱・活血散結として解鬱散結湯、痰瘀内阻による肝脾腫大や腫瘍などの積聚には柴胡疏肝散合失笑散、肝鬱気滞による反復性口腔潰瘍には丹梔逍遥散、肝経湿熱による湿疹や帯状疱疹には清熱利湿として竜胆瀉肝湯を用いる。著者らは、HIV/AIDSでは肝の機能が保たれることが五臓の気血陰陽を調和させるうえで重要であり、肝失疏泄・肝気虚衰によって心・肺・脾・腎へ病変が波及して多系統の症候を形成すると考え、各病期・証候に応じて疏肝・調肝・補肝を組み合わせることを重視している。(2016年、邱荃)

2015年、王耀献らは、慢性腎臓病では従来の「気虚・血瘀・湿熱」だけでなく調肝を重視すべきとし、肝腎は「乙癸同源」で、母子相生・精血互生・同居下焦の関係にあるため、肝失疏泄が腎病を悪化させると論じている。治法を疏肝・柔肝・清肝・平肝の4法に整理し、疏肝には柴胡・青皮・鬱金・香附、柔肝には当帰・白芍・地黄・枸杞子、清肝には黄芩・牡丹皮・梔子・夏枯草、湿熱には茵陳・金銭草・竜胆草・黄連、平肝には天麻・鈎藤・生牡蛎・亀板を挙げている。高血圧性腎障害は陰虚陽亢+五鬱内阻とし、平肝潜陽・滋補肝腎・理気解鬱を目的に天麻鈎藤飲+越鞠丸加減を使用し、単純に「平肝=降圧」とせず、気・血・痰・火・湿の五鬱を解き、気機を調達することを重視している。糖尿病性腎症は肝胃鬱熱・肝腎陰虚を中心とし、肝火・陽明伏熱が長期に気陰・腎絡を傷害すると考え、柔肝清熱として滋水清肝飲+葛根芩連湯を用いる。痛風性腎症は肝腎湿熱から痰瘀互結を来すとして、四妙丸+蒲公英・白花蛇舌草・車前草を用い、後期には丹参・赤芍・陳皮を加える。慢性腎盂腎炎は肝鬱腎虚として、腎の気化だけでなく肝の疏泄が下焦の水液代謝に関与すると考え、疏肝補腎として四逆散+狗脊・続断・川牛膝・杜仲を用いる。臨床的には、CKDを「腎だけの病」とせず、情志・弦脈・気滞・肝火・湿熱などを認めれば積極的に肝を介入点とするという論文であり、疾患別には「高血圧性腎障害=平肝疏鬱、糖尿病性腎症=柔肝清熱、痛風性腎症=清肝利湿、慢性腎盂腎炎=疏肝補腎」と整理すると使いやすい(2015年、王耀献)。