鉛と発達障害
■鉛の体内動態
ヒトの体内に入った鉛は、ほとんどは骨格に蓄積します。(1972, 堀口)(1970, Barry)
鉛の主な吸収経路は、口から食物などとして入りますが、大人では5〜10%が吸収されるのに対して、子供では40%が吸収されます。(1971, 堀内)
大人では鉛はほとんどは骨に蓄積しますが、子供では70%程度だけが骨に蓄積して、軟部組織への蓄積の割合が高くなります。(2012, Flora)
代謝・排泄は、肝臓で解毒された後に、主に腎臓から尿中に排泄されます。その他には、便、毛髪、爪などにも排泄されます。
ヒトにおける。鉛の血液や軟部組織の生物学的半減期は約1ヶ月ですが、骨の生物学的半減期は、およそ10年と推定されています。(1986, Christoffersson)
急性中毒症状としては、感覚鈍麻、落ち着きがない、怒りっぽい、注意力散漫、頭痛、筋肉の震え、腹部痙攣、腎障害、幻覚、記憶の喪失などです。
慢性症状としては、臨床所見としてはしばしば明らかではありませんが、筋骨格系やその他の非特異的な自覚症状が多いと言われています。一般的に高尿酸血症、痛風を認めます。それ以外には、重症ではない貧血、疝痛、腎糸球体障害、慢性腎障害、脳障害を認めることがあります。
■鉛と発達障害
メタアナリシスで、自閉症スペクトラム障害 (ASD) を水銀と鉛の血中および赤血球レベルの上昇と関連し、ASD と毛髪のアンチモン、鉛、水銀、およびニッケルのレベルが高いことを関連しています。(2017, Saghazadeh)
メタアナリシスでASD グループの子供と対照グループの子供の間で血中および毛髪鉛濃度に有意差が見られましたが、尿中鉛濃度には有意差は認められませんでした。(2022, Nakhaee)
ADHDと鉛との関係を調べた33の研究のメタアナリシスでは、血中、毛髪で有意に関係していました。(2013, Goodlad)
26の疫学研究をまとめたレビューでは、鉛の暴露が知能低下を起こすリスクが指摘されています。(1994, Pocock)
7の論文をまとめた最新のレビューでは、血中鉛濃度が高い人は、IQ スコアが低いことが報告されています。鉛の暴露源は、各国の状況によって異なります。(2022, Eduada)
暴露源は、ナイジェリアでは電子廃棄物、塗料、電池、メキシコでは、ガラス張りの陶器、鉛で汚染された器具、鉛で汚染された水、、インドでは化粧品や伝統的な医薬品が鉛源に含まれます。中国における鉛曝露の原因には、電子廃棄物、伝統的な医薬品、産業排出物で、フランスでは、古い家屋からの鉛塗料、輸入された陶磁器や化粧品、産業排出物です。オーストラリアは、ペンキ、粉塵、輸入玩具、伝統薬などです。米国では、暴露源には塗料、バッテリー、産業廃棄物でした。(2019, Gyasi)
日本での経口暴露としては、土壌、粉塵、食物、飲料水が指摘されていますが、近年日本での環境毒としての鉛の影響は減少傾向にあることが指摘されています。(鉛に関する知見 - 食品安全委員会)
■キレート剤による治療
生命を脅かすレベルの鉛中毒(血中鉛濃度10μg/dL以上)はキレート療法で治療が推奨されますが、レベルが低い場合は、症例管理と環境調査を促して、暴露源を特定して除去する必要があります。(2019, Mayans)
ジメルカプロールの類似体であるジメルカプトコハク酸 (DMSA) は、2 つのスルフヒドリル (–SH) 基を含むジチオール化合物です。DMSA は治療域が広く、最も毒性の低いジチオール化合物です。キレート療法は必須金属の減少をもたらす可能性がありますが、DMSA は亜鉛、鉄、カルシウム、マグネシウムなどの必須金属の減少を引き起こさないことがわかっています。(2009, Bradderry)
DMSA は、鉛曝露に対して最も効率的で安全なキレート剤であるため、最近最も使用されているキレート剤です。(2015, Kim)
キレート剤はすべて、低カルシウム血症、骨髄抑制、腎毒性、化学性肝炎、アレルギー性発疹、胃腸障害などの深刻な悪影響を与える可能性があります。
N-アセチルシステインの鉛中毒へのヒトおよび動物への有効性が総括されています。これらの研究では有毒金属(水銀、鉛、カドミウム、アルミニウム、ヒ素、金)をキレート化して除去することが示されています。(2019, Rossignol)
金属キレート剤と言われるαリポ酸(2021, Anthony)は、動物実験で血中または組織中の鉛レベルを下げるのに効果的ではないことから、αリポ酸は単独の薬剤としてではなく、キレート剤と組み合わせて、鉛中毒の治療を行うべきであると指摘されています。(1999, Gurer)
血中鉛濃度と血中ホモシステイン濃度が相関しており、心血管系に対する鉛の有害な影響は、高ホモシステイン血症が原因であること指摘されています。(2010, Yakub)(2012, Lee)
ヒト体内ではグルタチオンが鉛の解毒に関与していることが示唆されています。(2000, Hunaiti)
鉛の亜急性職業暴露の際は、グルタチオンおよびグルタチオン関連酵素が消費されることが報告されています。(2016, Dobrakowski)