アルフレッド・アドラー(Adlerian Theory:An Introduction)

2020年10月3日

アルフレッド・アドラーの和書と原書はかなり内容が異なっていますので、原書で読むことを教えてもらって以前に読んでいました。

すっかり内容を忘れていますので、読み直してまとめてみたいと思います。

Adlerian Theory:An Introduction

アドラーが活躍した1900年頃は心理学者も大衆も、心と体、あるいは理性と感情の二元論で精神を語ることが常でした。

アドラーは、1902年から1911までは、フロイトの精神分析のグループに所属していましたが、離脱してからはフロイトと全く異なる心理学を展開して行きます。

アドラー心理学は、フロイト心理学と対比して見ると理解しやすいです。

難解なドイツ語や英語を意訳する時に、訳し方によって大きな違いが生じているようです。

第一期のアドラーは、自分自身が生まれつき強度の弱視を持っていたので、器官劣等性(身体的ハンディキャップ)に着目しました。

その身体的なハンディをバネにして成功を収める者が、創造的過程と選択の自由を持つと考えました。

次の第二期にアドラーは、身体的なハンディではなく、主観的な劣等感に着目しました。

この時期のアドラーは、向上心を持って劣等感を克服し、マイナスの感情を克服するためにプラスの達成をすることを強調しました。(優越の追求)

第三期では、この社会的に縦関係である「優越の追求」を捨てて、社会的に横関係である「平等や協調への追求」に着目しました。

これは「社会の一員として、社会に貢献すること」で、これが人間の基本的な生きる目的であると言いました。

またフロイトのように心を意識と無意識のように部分部分に分けて考えるのではなく、心とは「外界に向かう全体的な方向性」と考えました。(全体論)

この個人の「生きる方向性」をライフスタイルと呼びました。これが第一の原理です。

第二の原理として、「目的論」という考え方を提唱しました。

これは 変えられない過去の事象の原因を考えていくことよりも、変えることが出来る未来の目的に目を向けて生きて行こうという考え方です。

人の行動とは意図されたものであり、その人の目的を知ることによってのみ理解出来ます。

目的とは、建設的であり、主観的であり、個人が選択と決定するものです。

過去の経験を元に決定するのではなくて、未来の目的に向かって選択と決定を行うことを重視しました。

アドラーの未来志向性は、生粋の楽観主義によるものです。

(フロイトの過去志向性、トラウマ志向性は悲観的だとも言えます)

第三の原理として共同体感覚を掲げました。

人はとにかく社会的な存在であり、社会に所属したいという欲求が人の基本であると言いました。

共同体感覚は、自己への執着(承認要求)との対比で一般には解説されています。

社会に自分が認められたいという承認要求は、他者からどう自分が見られているかだけに捕らわれた自分に執着した生き方です。

自分は自分の人生の主人公でありながら、同時に社会の一員に過ぎません。(共同体感覚)

人は常に承認要求に捕らわれるので、それを共同体感覚に切り替えて行くことが大事です。

「どうすれば自分が認められるか」ではなく、「どうすれば自分が社会に貢献できるか」という意味です。