李東垣の脾胃論
まとめ:李東垣の『脾胃論』は、「内傷脾胃、百病由生」を基本思想とし、脾胃を単なる消化器官ではなく、元気の根本、気血津液の生成源、全身の気機昇降を調節する中心と捉える学説である。飲食不節、過労、精神的ストレスなどによって脾胃が損傷すると、元気不足、清陽不升、濁陰不降、湿濁停滞、陰火亢盛などが生じ、消化器疾患だけでなく、倦怠感、頭痛、耳鳴り、鼻炎、頻尿など多様な症状が発生すると考える。特に脾胃虚弱による清陽不升を重要な病機とし、脾胃の元気を補うだけでなく、気機の昇降を回復させることを重視する。治療では人参・黄耆・白朮・炙甘草などによる補中益気を基本とし、升麻・柴胡・防風・羌活などの風薬を用いて清陽を上昇させる。風薬には「風升脾陽」「風能勝湿」「風能開鬱」の三つの作用があり、升陽、祛湿、鬱火の発散を同時に図る点が李東垣の特徴である。また、補気薬だけでは気滞や腹満を生じるため、陳皮・枳実・木香などの理気薬を併用し、「補而不滞」、すなわち補いながら滞らせないことを重視する。湿濁停滞には蒼朮・茯苓・沢瀉などを用い、陰火には黄連・黄芩・黄柏などの清熱薬を組み合わせるが、陰火は元気不足を背景として生じるため、苦寒薬による清熱だけに偏らず、甘温補気と升陽を基本とする。代表方剤には補中益気湯、升陽益胃湯、補脾胃瀉陰火升陽湯、升陽散火湯などがある。『脾胃論』63処方の分析では、炙甘草、人参、陳皮、白朮、升麻、当帰、黄耆、柴胡などが高頻度に使用され、補気薬と理気薬の併用が約半数の処方に認められた。張仲景が胃気の保護と寒熱虚実の調整を重視したのに対し、李東垣は補中益気・升陽・瀉陰火を中心とする治療体系を確立した。さらに葉天士は脾陽の上昇と胃陰の滋養・通降を区別し、黄元御は脾陽左升・胃陰右降という循環理論へ発展させた。李東垣の脾胃学説の本質は、単純な補脾ではなく、補気・升陽・降濁・祛湿・瀉火を組み合わせ、脾胃を中心として全身の気機を正常化することにある。ただし、これらの理論を支持する資料の多くは古典文献研究や症例報告であり、各治法の臨床的有効性が十分に検証されているわけではない。

李東垣の『脾胃論』における便秘治療は、単に大腸の伝導障害を改善するのではなく、脾胃の虚弱、気機の昇降失調、元気不足、陰火の亢進などを重視する。心火が亢進すると津液が消耗して腸が乾燥するため、人参・黄耆による補気と黄連・黄芩・石膏による清熱を組み合わせる。肝の疏泄が失調すると肝木が脾土を克し、清気が上昇せず濁気が下降できなくなるため、柴胡・防風・芍薬による疏肝と白朮・黄耆による健脾を併用する。肺気不足では大腸の伝導機能と水液輸布が障害されるため、人参・黄耆・白朮による培土生金を行う。腎陽不足では脾陽が衰えて運化機能が低下するため、附子・肉桂・乾姜などによる温陽と茯苓・沢瀉などによる利水を組み合わせる。また、季節による病機の変化も重視し、春は風熱と肝木克脾に対して升麻・防風・柴胡、夏は湿熱に対して黄芩・黄連・蒼朮・沢瀉、秋は涼燥と肺脾不足に対して人参・白朮・厚朴・乾姜、冬は寒邪と陽虚に対して肉桂・呉茱萸・桂枝などを用いる。さらに、怒・悲・思・恐などの過剰な情志は元気を損傷し、陰火を亢進させて脾胃機能を障害するため、補気と瀉火に加えて精神的な負担の軽減も重要とする。代表的な方剤には補中益気湯、調中益気湯、補脾瀉陰火升陽湯、升陽益胃湯などがあり、補中益気湯については便秘モデルマウスの糞便含水量増加や腸管運動改善、便秘型過敏性腸症候群の症状改善などが報告されている。李東垣の便秘治療の基本は、瀉下に偏らず、脾胃を調え、元気を補い、清気を昇らせ、濁気を降ろすことであり、五臓・四季・情志を総合的に考慮した弁証論治に特徴がある。(2023、劉莉莎)
李東垣の脾胃病治療における用薬規則を明らかにするため、『李東垣医学全書』に収載された脾胃病治療方剤177方を対象に、中医伝承計算プラットフォームを用いて生薬の使用頻度、性味帰経、配伍規則、クラスター分析を行った。対象疾患は胃痞、腹痛、嘔吐、泄瀉、痢疾、便秘、噎膈、胃痛である。生薬の分類では補虚薬が最も多く、次いで理気薬、解表薬、清熱薬が多かったが、胃痞では理気薬が中心であった。薬性は温性、薬味は辛味が最も多く、帰経は脾経、胃経、肺経の順であった。単味生薬の使用頻度は陳皮が最多で、次いで当帰、人参、白朮であり、胃痞・胃痛では陳皮、腹痛・泄瀉・痢疾・便秘では当帰、嘔吐・噎膈では人参が最も多かった。高頻度の薬対は当帰・升麻、升麻・柴胡、陳皮・人参であり、升麻と黄耆を併用する場合に当帰が配伍される関連性が最も強かった。クラスター分析では、脾胃病全体の主要な生薬組合せとして、①陳皮・当帰・炙甘草・人参・白朮、②陳皮・青皮・神曲・茯苓・当帰、③黄連・甘草・人参・黄芩・大黄の3群が抽出された。疾患別では、胃痞は陳皮・半夏・炙甘草・枳実・白朮、腹痛は人参・当帰・柴胡・升麻・白芍、嘔吐は升麻・柴胡・甘草・黄連・蒼朮、泄瀉は陳皮・黄耆・当帰・人参・升麻、痢疾は当帰・蒼朮・升麻・白芍・青皮、便秘は当帰・紅花・升麻・大黄・甘草、噎膈は蒼朮・当帰・炙甘草・人参・厚朴が主要な組合せとして抽出された。李東垣の治療思想の根本には「内傷脾胃、百病由生」があり、脾胃を補益して元気を回復させることを基本としながら、甘温薬による補中益気、升麻・柴胡などの風薬による清陽の升発、陳皮・枳実などによる理気、当帰・白芍などによる養血を組み合わせることに特徴がある。また、病態に応じて攻補兼施、寒熱並調、気血の昇降調整を行い、単純な補法に偏らず、脾胃の升清降濁機能を回復させることを重視していた。本研究は古典方剤のデータ解析であり、抽出された生薬の組合せの臨床的有効性を直接検証したものではない。(2026、許芳熙)
李東垣の「陰火理論」に基づき、小児慢性鼻副鼻腔炎(鼻淵)の脾虚湿熱証に対する陳四文の治療経験を検討した。小児は先天的に肺・脾・腎が未充実で、胃強脾弱の傾向があり、飲食不節や湿熱環境、外邪の侵襲によって脾陽が抑制されると、水湿の運化と気機の昇降が障害され、湿濁が内生する。湿濁は肺に上り、鼻閉や膿性鼻汁を引き起こすとともに、湿熱が津液を損傷して陰火を生じ、さらに痰湿と瘀血が鼻腔に停滞して病態を遷延させる。李東垣の陰火理論では、脾胃虚弱による元気不足と清陽不升が内熱を生じる根本原因とされ、治療は苦寒薬による清熱に偏らず、甘温薬で補中益気・升陽を図り、少量の清熱薬で陰火を瀉すことを基本とする。陳四文は本病を脾胃虚弱を本、湿熱と瘀血を標とする本虚標実証と捉え、健脾温陽、益気升陽、清熱利湿、化痰通竅、活血化瘀を組み合わせる。基本方剤の健脾祛痰湯は、太子参・黄耆・炒白朮・茯苓・黄芩・白芷・郁金・蒼耳子・辛夷・浙貝母・胆南星・藿香・桃仁・川芎・鶏内金・玄参から構成される。太子参・黄耆・白朮・茯苓で健脾益気、黄芩・浙貝母・胆南星・藿香で清熱化痰、白芷・辛夷・蒼耳子で通鼻竅、桃仁・川芎・郁金で活血化瘀、鶏内金で消食、玄参で滋陰降火を図る。熱証が強い場合は黄耆を五指毛桃に変更し、外感風寒には麻黄・桂枝、風熱には桑葉・菊花・連翹、膿性鼻汁が強い場合には薏苡仁・冬瓜子・芦根などを加える。また、細辛・麻黄・辛夷・白芷・蔓荊子・蒼耳子・薄荷・藿香・菊花による鼻部の薬液蒸気療法と、迎香穴・足三里への推拿を併用する。症例は6歳8か月男児で、1か月持続する鼻閉と黄色膿性鼻汁、口臭、便秘傾向、舌紅・黄膩苔、滑数脈を認め、脾虚湿熱証と弁証した。健脾祛痰湯加減と鼻部蒸気療法、推拿を併用したところ、2週間後には鼻汁、鼻閉、口臭などが改善し、その後は清熱薬を減らして健脾・温陽・養血を中心とした処方に変更した。2か月後の電話追跡では再発を認めなかった。本報告の特徴は、鼻副鼻腔炎の湿熱症状に対しても、脾胃虚弱を根本病機と捉え、補中升陽によって陰火を鎮め、清熱・化痰・活血・通竅を併用する点にある。ただし、治療成績は単一症例の報告であり、各治療法の有効性を独立して検証したものではない。(2025、黄夏婷)
李東垣と葉天士の脾胃病治療における治法と用薬規則の共通点および相違点を明らかにするため、李東垣の『脾胃論』『内外傷辨惑論』から98処方・123種類の生薬、葉天士の『臨証指南医案』から575処方・265種類の生薬を抽出し、使用頻度、性味帰経、関連規則、クラスター分析を行った。李東垣の高頻度生薬は陳皮、人参、白朮、炙甘草、当帰、黄耆、升麻、生姜、柴胡、茯苓であり、葉天士では茯苓、人参、半夏、陳皮、生姜、白芍、黄連、厚朴、白朮、乾姜であった。両者とも温性薬を最も多く使用し、帰経は脾・肺・胃経が中心であったが、李東垣は辛味薬を重視するのに対し、葉天士は甘味薬を多用する傾向が認められた。李東垣の代表的な生薬配伍は柴胡・升麻・羌活、柴胡・升麻・蒼朮、黄柏・人参・陳皮、沢瀉・人参・陳皮、柴胡・半夏・陳皮であり、葉天士では茯苓・白朮、半夏・人参・茯苓、陳皮・茯苓、乾姜・人参、陳皮・厚朴が特徴的であった。クラスター分析では李東垣の処方から7群、葉天士の処方から8群の生薬組合せが抽出された。両者に共通する治療原則は、脾胃を気血生化の中心と捉え、甘温薬で中焦を補い、辛味薬で気機を開き、苦味薬で降泄させる「甘温守中、辛開苦降」であり、脾胃を中心に五臓の機能を調整する「持中州、運四旁」を重視する点にある。李東垣は特に脾陽の升発を重視し、脾胃虚弱によって清陽が上昇できず、湿濁が内生し、陰火が生じると考えた。そのため人参・黄耆・白朮などの甘温補気薬に、柴胡・升麻・羌活・防風などの軽清升散する風薬を組み合わせ、益気升陽、升清降濁、散鬱火、瀉陰火を図ることを特徴とする。これに対して葉天士は、李東垣の脾胃学説を発展させ、脾は升運を主り、胃は通降を主るという機能の違いに着目し、脾と胃を分けて弁証治療することを重視した。 脾陽虚では甘温薬による健脾益気に加え、乾姜・附子・小茴香などで温補通陽を図り、胃陰虚では麦冬・生地黄・石斛などの甘涼・甘平で滋潤する生薬を用いて、胃陰を養いながら胃気の下降を促す「甘涼濡潤、通降胃気」を重視した。
さらに葉天士は、慢性化した脾胃病に対して「久病入絡」「久痛入絡」の理論を提唱し、長期間の気滞が血行障害や絡脈の瘀阻を引き起こすと考えた。このような病態には、桃仁・延胡索・当帰・桂枝・郁金などを用いて辛香通絡、活血化瘀を図り、虚証では補益を主体に通絡薬を加え、実証では通絡を主体に扶正を併用する「通補兼施」を重視した。また、肝木が脾土を克する肝脾不和にも着目し、呉茱萸・黄連・延胡索などによる疏肝理気と和胃を組み合わせた。以上より、李東垣の脾胃学説は脾陽を升らせる「益気升陽」と風薬の活用を中心とするのに対し、葉天士はこれを継承しながら、脾陽虚には温補通陽、胃陰虚には甘涼濡潤、慢性病には通絡活血と肝脾同調を加え、脾胃の病態をより細かく弁証する治療体系へ発展させた。本研究は古典処方のデータマイニングによる比較研究であり、各治法の臨床的有効性を直接検証したものではない。(2024、周洪飚)
張仲景の脾胃学説が李東垣によってどのように継承・発展されたかを明らかにするため、『傷寒論』『金匱要略』『脾胃論』『内外傷辨惑論』を対象に、脾胃病の病因病機、弁証、治法、処方および用薬の特徴を文献的に比較検討した。張仲景は脾胃を気血生化の源と捉え、外感病と内傷雑病の治療全体を通じて「保胃気、存津液」を重視し、甘温建中、温中散寒、辛開苦降、寒熱平調、疏肝和胃、通腑導滞などの治法を確立した。特に脾は運化と升清を主り、胃は受納と降濁を主るという昇降機能を重視し、半夏瀉心湯では半夏・乾姜による辛開、黄連・黄芩による苦降、人参・炙甘草・大棗による補中を組み合わせ、寒熱錯雑による中焦の痞塞を改善する。また、小建中湯・黄耆建中湯では甘温薬によって中気を補い、理中湯では人参・白朮・乾姜・炙甘草によって温中健脾・燥湿を図り、苓桂朮甘湯では温陽利水によって脾陽虚に伴う痰飲を改善する。李東垣はこれらの思想を継承しながら、飲食不節、過労、情志失調による脾胃内傷を疾病発生の重要な原因と捉え、「内傷脾胃、百病由生」という学説を確立した。さらに、外感と内傷の鑑別を発展させ、発熱、悪寒、頭痛、口渇、食欲、脈象などを含む12項目の鑑別方法を整理した。李東垣の理論で特に重要なのは、脾胃虚弱によって元気が不足すると清陽が上昇できず、気機の昇降が失調し、陰火が発生するという病機である。陰火は単純な実熱ではなく、脾胃の元気不足を背景として生じる内熱であり、苦寒薬による清熱だけでは根本的な改善が得られず、かえって脾胃を損傷する可能性がある。このため、張仲景の甘温建中法を発展させ、甘温除熱、升陽益気、直瀉陰火を基本治法とした。人参・黄耆・白朮・炙甘草などで補中益気を図るとともに、升麻・柴胡・羌活・防風などの風薬を用いて脾陽と清陽を升発させ、黄連・黄柏などで陰火を瀉すことを特徴とする。代表方剤には補中益気湯、升陽散火湯、補脾胃瀉陰火升陽湯などがあり、補気と升陽を中心に清熱・燥湿・理気を組み合わせる。張仲景が六経弁証と臓腑弁証を通じて脾胃の寒熱虚実を調整し、胃気を保護することを重視したのに対し、李東垣は脾胃内傷による元気不足と清陽不升を病態の中心に位置づけ、風薬による升陽と甘温薬による補気を組み合わせることで陰火を制御する独自の治療体系を構築した。すなわち、張仲景の脾胃学説が「保胃気・調昇降・建中」を基本とするのに対し、李東垣はこれを「補中益気・升清陽・瀉陰火」へと発展させたことが本研究の結論である。本研究は古典医学文献の理論的比較であり、各治法の臨床的有効性を直接検証したものではない。(2023、趙桂麗)
李東垣の『脾胃論』における「内傷脾胃、百病由生」の学説を現代臨床に応用した馬居里教授の治療経験を、頭痛、虚労、頻尿の3症例を通じて検討した。馬居里は、脾胃を気血生化の源、元気の根本、気機昇降の枢軸と捉え、「中焦既健、以灌四傍」、すなわち中焦の脾胃が健全であれば五臓六腑や四肢九竅を養うことができるという考え方を重視する。李東垣の時代には戦乱による飢餓、過労、精神的緊張が脾胃内傷の主因であったが、現代では不規則な食生活、過食、生冷飲食、過労、精神的ストレスなどが脾胃の運化機能を障害し、気血津液の生成不足、気機の昇降失調、湿濁の停滞、鬱火などを引き起こすと考える。治療では単に補気するのではなく、病機に応じて益気升陽、祛風散火、理気化湿、温陽利水、補腎などを組み合わせ、特に升麻・柴胡・羌活・防風などの風薬によって清陽を升発させ、鬱火を発散させることを重視する。第1症例は16歳女性で、2年以上持続する前額部・鼻翼部・眼窩周囲の疼痛を主訴とし、MRIで副鼻腔炎を認めた。舌淡胖大、歯痕、薄白苔、沈細脈などから脾虚湿鬱化熱証と弁証し、学業による精神的負担が心脾を損傷し、脾虚による水湿停滞と清陽不升、湿鬱化熱によって頭痛が生じたと考えた。治療には升陽散火湯加減を用い、升麻9g、柴胡9g、羌活3g、防風9g、葛根15gなどで祛風升陽・散火解鬱を図り、党参15g、黄耆20g、茯苓20gなどで補気健脾、白芍15g、当帰15g、生地黄12g、玄参12gなどで養血滋陰、大黄3g、枳実12g、厚朴12gなどで通腑理気を図った。3剤服用後から疼痛が軽減し、6剤後には左眼窩部の疼痛のみとなり、その後の継続治療で症状が消失した。第2症例は35歳女性で、出産後から持続する胸部圧迫感、胸痛、息切れ、易疲労、発汗、頭重、記憶力低下、不眠を認め、心臓検査では明らかな異常を認めなかった。中気虚衰・心腎不交証と弁証し、産後の育児と過労によって気血が消耗し、脾胃の水穀精気から生成される宗気が不足して胸中大気下陥を生じたと考えた。補中益気湯加減を基本に黄耆15g、党参12g、白朮9g、炙甘草6g、升麻9g、柴胡9g、当帰12g、陳皮6gなどで補中益気・升陽を図り、熟地黄9g、山茱萸9g、淫羊藿9g、石斛9g、枸杞子9gなどで補腎填精を併用した。6剤後から胸部症状と息切れが軽減し、継続治療によって胸痛が消失し、睡眠や全身状態も改善した。第3症例は52歳男性で、2年以上持続する日中約30分ごとの頻尿と夜間4~5回の排尿を主訴とし、舌暗紅、やや黄膩苔、沈弱脈を認めた。当初は腎陽虚と判断して腎気丸加減を投与したが無効であり、続いて補中益気湯と補腎薬を併用しても改善しなかった。再検討の結果、長年の肉体労働と不規則な食生活による脾胃気虚が根本にあり、気虚による固摂機能低下、腎精不足、寒湿内停、膀胱気化失調が頻尿の原因と判断した。そこで補中益気湯を中心に茯苓15g、黄耆15g、升麻6g、柴胡6g、党参9g、白朮15g、炙甘草6g、乾姜6g、桂枝9g、蒼朮6g、沢瀉15g、補骨脂9g、淫羊藿9g、菟絲子15gなどを組み合わせ、補中益気・升陽、温陽化湿、補腎固摂を図ったところ、服用3日後から頻尿が著明に改善し、その後の治療で症状が消失した。本症例は、頻尿を直ちに腎陽虚と判断するのではなく、脾胃気虚による気化・固摂機能の低下を重視する必要性を示している。以上より、馬居里の治療の特徴は、脾胃内傷を多様な疾患の共通病機として捉え、補中益気を基礎に風薬による升陽散火、理気化湿、温陽利水、補腎を柔軟に組み合わせることにある。特に「火鬱発之」の考え方に基づき、鬱火に対して苦寒清熱薬だけに頼らず、気機を疏通して鬱熱を発散させる点が重要である。また、補腎薬の過量使用は滋膩碍胃を招くため、脾胃の運化機能を損なわない配慮が必要とされる。本報告は3症例の臨床経験に基づくものであり、治療法の有効性を比較試験で検証したものではない。(2023、劉玉龍)
李東垣の「補土生金」理論に基づき、肺脾両虚型慢性鼻炎に対して麗沢通気湯と升陽益胃湯を病期に応じて使い分ける治療経験を報告した。慢性鼻炎は、肺気虚による宣発粛降機能の低下と、脾虚による運化失調、水湿停滞、清陽不升によって生じると考える。肺は鼻に開竅し、脾胃は気血津液の生成と輸布を担うため、脾胃が虚弱になると肺気を十分に養えず、鼻閉、鼻汁、嗅覚低下などが出現する。五行理論では脾は土、肺は金に属し、土生金の母子関係にあることから、「虚則補其母」の原則に従い、健脾益気によって肺気を補う「補土生金法」を治療の基本とする。急性増悪期には、正気不足を背景に風寒湿邪が鼻竅を閉塞し、鼻閉、清涕、くしゃみ、鼻甲介腫脹、嗅覚低下などが強くなるため、麗沢通気湯を用いて補気升陽、祛風散寒、燥湿通竅を図る。麗沢通気湯は李東垣の『蘭室秘蔵』に収載され、黄耆・蒼朮・羌活・独活・防風・升麻・葛根・麻黄・川椒・白芷・炙甘草などから構成される。黄耆を主薬として補肺益気・固表を図り、升麻・葛根で脾胃の清陽を上昇させ、羌活・独活・防風・麻黄などの風薬で升陽祛湿、麻黄・蒼朮・川椒・白芷・生姜で散寒燥湿・宣通鼻竅を図る。これに対して緩解期には、倦怠感、四肢の重だるさ、食欲不振、口苦、口粘、軟便、頻尿、軽度の鼻閉などを伴う脾胃気虚、清陽不升、湿鬱化熱が中心となるため、升陽益胃湯を用いて益気健脾、升陽除湿、清熱和胃を図る。升陽益胃湯は六君子湯を基礎に、黄耆・柴胡・防風・羌活・独活・白芍・黄連・沢瀉などを加えた構成であり、人参・黄耆・白朮・甘草で補気健脾、陳皮・半夏で理気化痰、柴胡・防風・羌活・独活で祛風升陽、茯苓・沢瀉で利湿、少量の黄連で清熱を図る。症例は44歳女性で、10年間反復する鼻閉と清涕が寒冷刺激によって増悪し、15分ごとに鼻をかむほどの鼻汁、くしゃみ、鼻痒、嗅覚低下に加え、易疲労、悪寒、四肢冷感、発汗、食後腹満、軟便、頻尿を認めた。舌淡胖大、歯痕、白膩苔などから肺脾両虚・鼻竅感寒と弁証し、急性増悪期には麗沢通気湯加減として生黄耆18g、炒白朮9g、羌活9g、独活9g、升麻9g、葛根9g、防風9g、炙甘草6g、川椒3g、生麻黄3g、肉桂3g、白芷9g、生姜9g、大棗6g、葱白3本を投与した。肉桂は脾腎陽虚による冷えに対して温陽散寒を図る目的で加えられた。1剤服用後から鼻閉が軽減し、2剤後には鼻汁が著明に減少、3剤後には鼻閉が消失し、頭痛、悪寒、発汗なども改善した。その後さらに3日間継続し、鼻症状が消失した段階で升陽益胃湯加減に変更した。処方は黄耆30g、党参15g、炒白朮12g、姜半夏9g、炙甘草9g、陳皮6g、茯苓9g、防風9g、羌活9g、独活9g、柴胡9g、白芍9g、生姜9g、大棗9gであり、明らかな熱証がないため黄連を除き、湿症状と頻尿が改善していたため沢瀉も除外した。14剤服用後には鼻症状が消失し、四肢冷感、倦怠感、食欲、睡眠、排便も改善した。その後、六君子丸を2週間服用して治療効果の維持を図り、1か月後の追跡では再発を認めなかった。著者らは、麗沢通気湯の芳香性生薬の作用を生かすため長時間煎じず、沸騰後約9分間の短時間煎煮とし、陽気が盛んな午前9時および午後3時以前の服用を勧めている。本報告の特徴は、急性増悪期には麗沢通気湯による祛風散寒・升陽通竅を重視し、緩解期には升陽益胃湯による健脾益気・升陽除湿へ移行することで、標本兼治を図る点にある。すなわち、肺の疾患であっても脾胃虚弱を根本病機と捉え、脾土を補うことで肺金を養う李東垣の「補土生金」理論を具体的に応用した症例である。ただし、本報告は単一症例を中心とした臨床経験であり、治療法の有効性や再発予防効果を比較試験で検証したものではない。(2022、賀詩寓)
李東垣と黄元御の脾胃昇降学説について、その理論的起源、気機昇降の仕組み、治療原則、処方用薬の特徴を比較検討した。両者はいずれも脾胃を人体の気機昇降の中心と捉え、陽気の升発を重視するが、その理論体系には根本的な相違がある。李東垣の脾胃昇降学説は、師である張元素の薬物の升降浮沈理論と『黄帝内経』の清陽上升・濁陰下降の思想を継承して成立した。李東垣は、飲食物が胃に入ると水穀の精気がまず上昇して脾に輸送され、さらに肺へ上達し、その後に水液や糟粕が下降するという過程を重視し、脾胃の昇降は「先升後降」、すなわち先に上昇し、その後に下降する一方向性の運動であると考えた。特に胃を昇降運動の起点とし、胃気・穀気・元気を陽気の升発に関係するものと捉え、胃気の上昇が脾の升清を導く「胃先脾後、胃主脾従」の立場をとる。一方、下降運動は肺から始まり、肺の粛降作用によって水液が下方へ輸送されると考えた。このため、李東垣の治療では下降よりも上昇を重視し、脾胃虚弱、過労、清陽不升に対して人参・黄耆・甘草などの甘温補気薬に升麻・柴胡を組み合わせ、補中益気・升陽挙陥を図る。代表方剤は補中益気湯、升陽益胃湯などであり、升発不足が強い場合には羌活・防風・独活などの風薬を加えて陽気の上昇を促す。また、陰火が上衝する場合には黄連・黄柏・石膏などを加え、瘀血には桃仁・紅花・当帰、外感風寒には麻黄・桂枝、暑熱には生脈散や葛根などを組み合わせる。さらに李東垣は、人体の気機昇降を四季の変化と関連づけ、春夏には陽気が升浮し、秋冬には陰気が沈降するという時間的変化を治療に取り入れた。夏季の暑熱には清暑益気湯、初秋の湿熱や涼燥には升陽益胃湯、冬季の寒邪には沈香温胃丸・草豆蔲丸・神聖復気湯などを用い、季節に応じて益智仁・草豆蔲・黄芩・黄連・蒼朮・沢瀉・檳榔などを加減する。このように李東垣の学説は、胃気の升発を中心とした上下方向の直線的な昇降運動と、四季による時間的変化を組み合わせた理論である。これに対して黄元御の脾胃昇降学説は、道家の太極・河図思想と『黄帝内経』の理論を融合して成立した。黄元御は、脾を陰土でありながら陽気を内包する臓、胃を陽土でありながら陰気を内包する腑と捉え、「脾陽左升、胃陰右降」、すなわち脾気は左側を上昇し、胃気は右側を下降するという循環運動を基本とした。李東垣が先升後降を重視するのに対し、黄元御では上昇と下降が同時に進行し、互いに推進し合いながら終わりなく循環する「升降並行、如環無端」が特徴となる。また、李東垣が胃の升発を重視するのに対し、黄元御は脾の升清を運動の起点とする「脾先胃後、脾主胃従」の立場をとる。黄元御の理論では、脾胃の中気が人体全体の気機を動かす軸となり、左側では腎水が温められて肝木が升発し、右側では肺金と胆胃の気が下降することで、水・木・火・金の四象が循環する。この運動を「土枢四象」「一気周流」と呼び、脾胃の升降失調を多様な疾患の共通病機として捉える。治療では脾胃の中気を調える「温陽培土泄水」を基本とし、甘草・茯苓・乾姜・半夏などを中心に用いる。腎陽不足には蜀椒・附子、肝気の升発不足には桂枝・牡丹皮、肺気の下降障害には陳皮・杏仁、心火には黄連・白芍、肺熱には麦冬・貝母、肺気の収斂には五味子などを加える。代表方剤には黄芽湯、天魂湯、地魄湯、金鼎湯、玉池湯、下気湯、桂枝苓沢湯などがあり、黄芽湯では中気を温めて脾升胃降を回復させ、天魂湯では陰から陽への転化を促して陽虚を治療し、地魄湯では陽から陰への転化を促して陰虚を治療する。すなわち、黄元御は不足した陰陽を直接補うよりも、気機の循環と陰陽の相互転化を回復させることを重視した。また、左側や下部の病変には燥脾暖水・達肝滋木、右側や上部の病変には燥降胃土・清降肺胆を基本とし、便通異常、腰腹痛、婦人科疾患、動悸、咳喘、精神症状などを同一の昇降循環理論によって説明する。両者の最大の相違は、李東垣が「胃を起点とする先升後降・上下直線型・時間重視」の理論であるのに対し、黄元御は「脾を起点とする升降同時進行・左右循環型・空間重視」の理論である点にある。李東垣は脾胃そのものの虚実、飲食、過労、外邪、季節変化などの具体的な病態を細かく分析するため、理論と処方が複雑になる一方、臨床の多様な病態に対応しやすい。黄元御は脾胃を中心とする気機の循環と陰陽転化によって全身の病態を統一的に説明するため、理論が簡潔で処方の構成も比較的単純であるが、個々の臓腑の器質的・機能的な病態や複雑な病証への対応が不十分となる可能性がある。著者は、両者の理論に絶対的な優劣をつけることはできず、李東垣の具体的な臓腑病態に基づく弁証と、黄元御の全身的な気機循環の視点を相互に補完することが重要であると結論づけている。本研究は古典文献に基づく理論的比較であり、両学説の臨床的有効性を直接比較検証したものではない。(2021、張文涛)
李東垣の『脾胃論』における学術思想と処方用薬の特徴を明らかにするため、同書に収載された63処方、101種類の生薬を対象に文献研究と使用頻度分析を行った。李東垣の脾胃学説は、①脾胃は元気の根本であり「火与元気不両立」とする元気・陰火理論、②脾胃は全身の気機昇降の枢軸であるという昇降理論、③「内傷脾胃、百病由生」とする内傷病因論、④治療全体を通じて胃気を保護する「顧護胃気」の思想を中心としている。李東垣は、元気は先天的に備わるが、その維持には後天の脾胃による水穀精微の生成が不可欠であり、飲食不節、過労、精神的ストレスなどによって脾胃が損傷すると元気が衰弱し、清陽不升、気機昇降失調、陰火の亢盛が生じ、全身の臓腑、経絡、四肢、九竅に多様な疾患が発生すると考えた。そのため、単に不足した気を補うだけでなく、脾陽を升発させ、気機を疏通し、湿邪や鬱火を除去するとともに、胃気を損傷しない治療を重視した。『脾胃論』の63処方における生薬使用頻度は、炙甘草33回、人参28回、陳皮27回、白朮23回、升麻23回、当帰23回、黄耆21回、柴胡20回、蒼朮15回、茯苓14回、半夏13回、黄柏13回、羌活12回、沢瀉12回、防風10回の順であった。薬効分類別では補気薬が113回と最多で、解表薬91回、理気薬53回、利水消腫薬34回、補血薬32回、化湿薬32回、温裏薬28回、清熱燥湿薬27回と続いた。補気薬は補虚薬全体の71.5%、全生薬使用頻度の21.2%を占め、人参・黄耆・白朮・炙甘草などの甘温薬によって脾胃の元気を補うことが処方構成の中心であった。一方、解表薬の使用頻度が高いことも李東垣の特徴であり、升麻・柴胡・羌活・防風などの風薬には、「風升脾陽」「風能勝湿」「風能開鬱」という三つの重要な作用があると整理されている。「風升脾陽」とは、風薬の軽清升散する性質を利用して脾陽を上昇させ、脾胃気虚による清陽不升や気陥を改善することであり、補中益気湯、補脾胃瀉陰火升陽湯、升陽益胃湯などに応用される。「風能勝湿」とは、風薬によって湿邪を宣散し、脾の運化機能を回復させることであり、羌活勝湿湯、除風湿羌活湯、生姜和中湯などに応用される。「風能開鬱」とは、気機の鬱滞によって生じた陰火を、風薬の升散作用によって発散させることであり、柴胡・升麻・葛根などを用いて「火鬱発之」を実現する。さらに本研究で特に注目されるのは、補気薬と理気薬の併用が63処方中32処方、50.8%に認められたことである。代表的な配伍は炙甘草・陳皮21回、陳皮・人参20回、陳皮・黄耆15回、炙甘草・陳皮・人参15回、陳皮・白朮14回、炙甘草・陳皮・黄耆14回、陳皮・人参・黄耆13回、陳皮・人参・白朮12回、炙甘草・人参・陳皮・黄耆12回であり、いずれも陳皮を中心とした補気薬と理気薬の組合せが特徴的であった。理気薬では陳皮27回が最多で、木香9回、青皮8回、枳実7回、橘紅2回と続いた。李東垣が陳皮を重視した理由は、甘温補気薬だけを多用すると滋膩によって脾胃の運化を妨げ、気機の停滞や腹満を引き起こす可能性があるためである。陳皮は辛苦温の性質をもち、理気調中・燥湿化痰によって気機を疏通し、補気薬の作用を妨げることなく「補而不滞」、すなわち補いながら滞らせない配伍を実現する。また、陳皮は単に気を巡らせるだけでなく、脾胃の運化を改善することで間接的に元気の回復にも寄与すると考えられた。李東垣の処方は、脾胃虚弱を本、陰火や湿邪、気滞を標とする本虚標実の病態を基本としており、甘味薬で補気、辛味薬で理気・升散、苦味薬で清熱・降泄を図ることにより、補中益気、升陽除湿、散鬱火、調暢気機を同時に実現する。さらに、李東垣は「顧護胃気」を治療の基本原則とし、炙甘草・白朮・蒼朮・陳皮などを用いて脾胃の陽気を保護しながら、必要に応じて発汗・催吐・瀉下などの祛邪法を併用した。また、季節による気機の変化を考慮した「随時加減用薬法」を重視し、春夏の升浮、秋冬の沈降という自然界の変化に応じて処方を調整した。生活指導においても、飲食の節制、寒冷刺激の回避、過労の防止、情志の調整などを重視し、脾胃の機能を維持することが疾病の予防と回復に不可欠と考えた。以上より、李東垣の用薬規則は、**「甘温補気を基礎とし、風薬で升陽・勝湿・開鬱を図り、陳皮などの理気薬を加えて補而不滞とし、全体を通じて胃気を保護する」**という体系に集約される。特に陳皮と人参・黄耆・炙甘草の高頻度配伍は、李東垣が補気と理気を一体として考え、脾胃の元気を補うことと気機の昇降を回復させることを同時に重視していたことを示している。本研究は古典処方の使用頻度を分析した文献研究であり、生薬配伍の特徴を定量的に示した点に意義があるが、各配伍の臨床的有効性を直接検証したものではない。(2021、楚永慶)
李東垣の脾胃病治療における用薬規則を明らかにするため、『脾胃論』と『内外傷辨惑論』に収載された処方を対象に、生薬使用頻度の統計分析と階層的クラスター分析を行った。『脾胃論』から63処方、119種類の薬物(補助材料を含む)、延べ533回の使用が抽出され、『内外傷辨惑論』から45処方、102種類の薬物(補助材料を含む)、延べ373回の使用が抽出された。『脾胃論』の高頻度生薬は人参27回、陳皮26回、升麻23回、当帰23回、白朮22回、柴胡20回、炙甘草20回、黄耆19回、蒼朮14回、茯苓14回、半夏13回、黄柏13回、乾姜13回などであり、『内外傷辨惑論』では白朮18回、陳皮18回、炙甘草16回、人参15回、枳実13回、柴胡12回、半夏12回、神曲12回、茯苓11回、黄耆10回、木香10回などが多用されていた。両書とも人参・白朮・黄耆・炙甘草などによる補気健脾を基本とするが、『脾胃論』では升麻・柴胡による升陽、『内外傷辨惑論』では枳実などによる理気降濁が比較的重視されていた。クラスター分析では、『脾胃論』から5群の生薬組合せが抽出された。第1群は当帰・黄耆・炙甘草・柴胡・升麻であり、黄耆・炙甘草による補中益気、当帰による養血和営、柴胡・升麻による升陽を組み合わせ、補気と清陽の上昇を同時に図る。第2群は白朮・陳皮・人参であり、人参・白朮による益気健脾と陳皮による理気和胃を組み合わせ、補気による気滞を防ぐ。第3群は木香・乾姜・防風・羌活・甘草・半夏であり、木香による理気、乾姜による温中、半夏による降逆化痰、防風・羌活による祛風勝湿を組み合わせ、理気和中と升陽除湿を図る。第4群は炙甘草・藁本・葛根・陳皮・黄耆・人参であり、黄耆・人参・炙甘草によって元気を補い、藁本・葛根によって清陽を升発させ、陳皮によって気機を疏通する。第5群は黄連・茯苓・五味子・神曲・沢瀉・黄柏・蒼朮であり、黄連・黄柏による清熱燥湿、茯苓・沢瀉による利水滲湿、蒼朮による燥湿健脾、神曲による消食和胃、五味子による収斂を組み合わせ、和中降濁を図る。一方、『内外傷辨惑論』からは4群の生薬組合せが抽出された。第1群は神曲・枳実・白朮であり、枳術丸に神曲を加えた構成に相当し、白朮による健脾補中、枳実による行気消痞、神曲による消食導滞を組み合わせ、脾虚を背景とする食滞や腹満に対応する。第2群は黄芩・黄連・当帰・黄耆・升麻・柴胡であり、黄耆による補気、当帰による養血、升麻・柴胡による升陽、黄芩・黄連による清熱を組み合わせ、脾胃虚弱による元気不足と陰火の亢盛に対応する。第3群は人参・半夏・陳皮であり、人参で元気を補い、半夏で降逆化痰、陳皮で理気和胃を図り、補気と降濁を両立させる。第4群は木香・炙甘草・乾姜・沢瀉・茯苓であり、木香による理気、炙甘草による補中、乾姜による温中散寒、沢瀉・茯苓による利水滲湿を組み合わせ、脾胃の寒湿と気機停滞に対応する。これらの配伍から、李東垣は脾胃気虚による元気不足、清陽不升、胃気不降、湿濁内停、陰火亢盛を内傷病の重要な病機と捉え、補気を基礎に升陽・降濁・理気・除湿・清熱を組み合わせる治療体系を構築したと考えられる。特に黄耆・人参・甘草などの甘温薬によって脾胃の元気を補い、升麻・柴胡の軽清升散する性質を利用して清陽を上昇させることを重視した。李東垣は、胃中に停滞した清気を上昇させるには升麻・柴胡が必要であり、これらの生薬が黄耆・人参・甘草の補気作用を上方へ導くと説明している。また、白朮で脾胃を健運し、当帰で養血和営、陳皮で理気和胃を図ることで、補気薬が気機を停滞させることを防ぐ。さらに、湿邪が脾胃に停滞して清陽の上昇を妨げる場合には、茯苓・沢瀉などの利湿薬だけに頼らず、防風・羌活などの風薬を用いて「風能勝湿」の作用を利用する。これは、風薬の升散作用によって清陽を上昇させ、気機を疏通し、腠理を開いて湿邪の排出を促すという考え方であり、升陽除湿防風湯などに反映されている。李東垣は「湿は土の気、風は木の気であり、木は土に勝つ」という五行相勝の理論から風薬による勝湿を説明し、単なる利水ではなく、脾陽を升発させることによって湿邪の停滞を解消する点を重視した。また、脾胃虚弱によって陰火が生じる場合には、甘温補気と升陽を基本としながら、黄芩・黄連・黄柏などの清熱薬を組み合わせることで、元気を損なわずに陰火を除去する。以上より、李東垣の用薬規則は、**「甘温補気によって元気を養い、升麻・柴胡などの風薬で清陽を上昇させ、陳皮・枳実・木香・半夏などで気機を調え、湿邪には風薬による勝湿と利湿薬を組み合わせ、陰火には補気升陽と清熱を併用する」**という体系に集約される。特に『脾胃論』では補気と升陽の配伍が中心であり、『内外傷辨惑論』では補気と理気降濁・消食の配伍が比較的目立つが、両書に共通する根本原則は、脾胃の元気を回復させ、清陽の上昇と濁陰の下降を正常化することである。ただし、抽出された生薬群は統計的なクラスターであり、それぞれが独立した処方として用いられたことを意味するものではない。また、本研究は古典方剤の使用頻度と配伍傾向を解析した文献研究であり、各配伍の臨床的有効性を直接検証したものではない。(2021、祁勇)
李東垣の「脾胃から論治する(従脾胃論治)」という学術思想について、『脾胃論』を中心とした文献研究を行い、脾胃内傷の病因病機、弁証治療、未病予防および臨床各科への応用を検討した。李東垣は金元四大家の一人であり、戦乱による飢餓、過労、精神的緊張などによって脾胃を損傷した患者が多かった時代背景から、単純な清熱・瀉下では改善しない慢性疾患に着目し、「脾胃内傷、百病由生」という学説を確立した。脾胃は後天の本であり、気血生化の源であると同時に、全身の気機昇降を調節する中心である。脾は升清を主り、水穀精微を心肺や頭目に輸送し、胃は降濁を主って飲食物を受納・腐熟し、濁陰を下降させる。脾胃が虚弱になると、元気不足、清陽不升、濁陰不降、気血生化不足、湿濁内停、陰火亢盛などが生じ、脾胃そのものの疾患だけでなく、心・肝・肺・腎、経絡、四肢、九竅にさまざまな病態が発生すると考える。したがって治療では、個々の臓腑症状だけを対象とするのではなく、脾胃の運化機能と気機昇降を回復させることを基本とし、補中益気、升陽、健脾、化痰、利湿、瀉陰火、養血などを病態に応じて組み合わせる。李東垣の脾胃学説は疾病治療だけでなく「治未病」にも応用され、未病先防、既病防変、再発予防の三つを重視する。未病先防では、四季の気候変化に順応し、規則正しい生活、節度ある飲食、過労の回避、情志の安定、寒暑や外邪への対処によって脾胃を保護する。『脾胃論』では「順四時之気、起居有時、以避寒暑、飲食有節」と説き、養生では欲望を抑え、言葉を慎んで気を養い、過度の労働を避けて形体を養うことを勧めている。既病防変では、脾胃虚弱によって陰火が生じ、他臓へ病変が波及することを防ぐため、臓腑弁証と五行生克の理論に基づき、甘温補気、升降浮沈の調整、必要に応じた瀉火を行う。再発予防では、薬物治療だけでなく、服薬中の休息、飲食管理、寒冷刺激の回避、脾胃の陽気を損なわない生活指導を重視する。具体的には、酒、湿熱を助長する飲食物、生冷食品、過度の寒涼性食品を避け、温かく淡泊な食事によって脾胃の運化を助けることを勧めている。臨床各科への応用として、腫瘍医学では、脾胃虚弱による正気不足が疾病の進展や治療耐容性の低下に関係すると考え、化学療法・放射線療法に伴う悪心、嘔吐、食欲不振、倦怠感などに対して脾胃を調えることが重要とされる。特に王晞星教授の治療経験を引用し、脾胃を補って正気を保護することが、栄養状態や生活の質を維持し、抗腫瘍治療を継続するうえで有用であるという考え方を紹介している。老年医学では、加齢に伴う腎気の衰退を脾胃の後天的な気血生成によって補うことを重視し、穏やかな薬性と食事療法によって胃気を保護する。小児科では、小児は臓腑が未成熟で「脾常不足」の状態にあり、過食、肥甘厚味、生冷飲食、偏食などによって容易に脾胃を損傷するため、治療では過度の攻邪や補益を避け、脾胃への負担を考慮する。婦人科では、脾胃を気血生化の源と捉え、月経、妊娠、出産、授乳に必要な血の生成と、脾気による統血・固摂を重視する。脾胃気虚によって気不摂血が生じると月経過多、不正出血、崩漏などが現れ、脾虚湿盛によって湿濁が下注すると帯下、水腫、月経時の下痢などが生じ、さらに痰湿が胞宮を阻滞すると無月経、月経痛、不妊などにつながると説明する。治療では補中益気と升陽を基本として、脾胃の運化と気血生成を改善することを重視する。頭面五官科では、**「脾胃虚則九竅不通」**という理論を中心に、脾胃の清陽不升や気血不足が眼、耳、鼻、口腔の疾患に関与すると考える。眼疾患では、脾胃から生成された水穀精微が肝血を養い、肝血が眼を滋養するため、脾胃虚弱によって肝血が不足すると目赤、内障、青盲などが生じると説明する。耳疾患では、『脾胃論』の「耳鳴耳聾、九竅不利、腸胃之所生也」を引用し、脾胃気虚によって気血の生成と上輸が不足すると耳竅を十分に滋養できず、耳鳴りや難聴が発生すると考える。また、過労による脾虚と清陽不升も耳鳴りの重要な病機とされる。鼻疾患では、鼻は肺の開竅部位であり、脾土は肺金の母であることから、脾胃虚弱による肺気不足や気血運行障害が鼻出血、鼻淵などに関与すると説明する。口腔疾患では、脾は口に開竅し、その華は唇に現れるため、脾胃虚弱による気血津液不足が口内炎、口唇のびらん、歯肉腫脹、口唇の色調不良などに関係すると考える。さらに、脾胃の運化機能が低下すると皮膚や筋肉への栄養供給が不足し、皮膚乾燥、顔色萎黄、しわ、筋肉の弛緩などが現れるとする。体質との関係では、過食、夜食、飲酒、喫煙、精神的ストレス、過労などが脾胃の運化を障害し、水湿停滞による肥満体質や、水穀精微の吸収・生成不足による痩せ型体質を形成すると考える。以上より、李東垣の「従脾胃論治」は、脾胃を単なる消化器官ではなく、気血津液の生成、全身の気機昇降、臓腑機能、体質形成、疾病予防を統括する中心として捉え、脾胃を補い、その昇降を調えることで多様な疾患を治療する思想である。本論文の特徴は、脾胃学説を消化器疾患に限定せず、腫瘍、老年、小児、婦人科、耳鼻咽喉・眼科、口腔疾患、体質医学、予防医学にまで広げて整理した点にある。ただし、本研究は古典文献と既報の学説を整理した理論的総説であり、具体的な処方構成や症例成績の検証は行っておらず、各疾患に対する治療効果を直接証明したものではない。(2020、馬躍)
李東垣の「陰火理論」を「脾を本とし、五臓が相互に関連する(以脾為本、五臓関連)」という視点から再検討し、陰火の発生機序、陰火と陽火の鑑別、治療原則および臨床応用を古典文献と既存研究、2症例を通じて考察した。李東垣は『脾胃論』において「脾胃内傷、百病由生」「火与元気不両立」という理論を提唱し、脾胃虚弱による元気不足を陰火発生の根本病機と捉えた。しかし、陰火の本質については後世の医家の間でも議論があり、心火、腎火、肝火、脾火、胃火、肺火、冲脈の火、五志化火など、多様な解釈が存在する。著者らは、これらを互いに独立した火邪ではなく、脾土の虚弱を根本として五臓の機能失調から生じる病理的な火の異なる表現と捉えた。脾は後天の本であり、水穀精微を運化して気血を生成し、五臓六腑を滋養する。飲食不節、過労、情志失調によって脾胃が損傷すると、気血生化が不足し、元気が衰弱する。陰火の発生には二つの経路があると考えられる。第一は、脾土虚弱によって元気と相火が不足し、心火が相対的に亢盛する経路である。第二は、脾胃の気血生化不足によって営血が減少し、陰血が心火を制御できなくなり、心火が相対的に亢盛して血脈に伏火を形成する経路である。いずれも脾虚を本とし、元気不足、気血不足、心火の相対的亢盛が陰火発生の基礎となる。さらに著者らは、**「君火不明、相火離位」を陰火の多様な症状を説明する重要な機序としている。心火は君火として五臓の相火を統率し、相火は本来それぞれの臓腑に位置して正常な生理機能を維持する。しかし、脾虚によって元気と営血が不足すると、心火が相対的に亢盛して君火の統率機能が失調し、各臓腑に存在する相火が本来の位置を離れて病理的に活動する。この相火離位によって、陰火は心火だけでなく、肝火、肺火、腎火、脾火など多様な形式で現れると説明する。すなわち、陰火は単なる陰虚火旺や実熱ではなく、脾胃虚弱を根本とする元気・気血不足に伴って、相火が本来の位置を離れることで生じる病理的な火と位置づけられる。著者らは陰火と陽火を区別するため、相火の病理的変化を「相火妄動」と「相火離位」に分けた。相火妄動は、相火が充足または過剰な状態で、情志刺激、陰虚火旺、外邪などによって相火が過度に活動する病態であり、実熱や陰虚火旺などを伴う陽火に相当する。この場合には清熱瀉火、滋陰降火などを用いる。一方、相火離位は、脾胃虚弱によって元気と気血が不足し、相火自体が不足しているにもかかわらず、君火の統率が失われて病理的な火が生じる状態であり、陰火に相当する。この場合には単純な清熱瀉火ではなく、補脾益気、養血、升陽を基本とする。ただし、陰火と陽火は完全に独立した病態ではなく、陰火に辛温薬を過剰投与すると陽熱が亢盛して陽火へ転化することがあり、反対に陽火に苦寒薬を過剰投与すると脾胃陽気が損傷され、陰火へ転化することがある。また、脾胃虚弱を背景とする陰火に外感温熱邪などが加わり、局所的な陽火を合併する場合もある。陰火の治療法について著者らは、辛甘温法、風薬法、寒涼法の三つに整理している。第一の辛甘温法は陰火治療の中心であり、人参・黄耆・白朮・甘草・陳皮などを用いて補中益気、健脾、升陽を図る。人参・黄耆・甘草は脾胃の元気を補い、白朮は健脾燥湿、陳皮は理気和胃によって気機を疏通し、補益による停滞を防ぐ。脾胃の元気が回復すれば、気血生化が充実し、心火の相対的亢盛が鎮まり、相火が本来の位置に戻ることで陰火が消退すると考える。第二の風薬法では、羌活・防風・藿香・独活・柴胡・升麻などを用いる。風薬には「風能勝湿」と「升発陽気」の二つの重要な作用があり、湿邪によって阻害された脾胃の運化を改善するとともに、清陽を上昇させ、陽気が正常に運行できるようにする。すなわち、湿邪を除去して脾陽を回復させることと、陽気を升発させて気機の停滞を解消することを同時に図る。ただし、風薬は辛温・升散性を有するため、過剰に用いると升発過多や燥熱を生じる可能性があり、症状が改善した段階で適切に減量・中止する必要がある。第三の寒涼法では、黄連・黄芩・黄柏・石膏・知母などを用いて亢盛した君火や局所的な熱邪を清する。ただし、陰火の根本は脾胃虚弱であるため、寒涼薬の単独使用や大量投与は中陽を損傷し、かえって陰火を悪化させる可能性がある。したがって、辛甘温薬による補気升陽を基本とし、寒涼薬は少量を適切に配伍することが重要とされる。黄連は心火を清し、黄芩・黄柏などは温補による相火の過亢を防ぐ目的で使用され、季節に応じて夏季には石膏や沢瀉などを加える場合もある。臨床症例の第1例は若年女性の不眠症で、月経終了後から入眠困難が出現し、午前3時頃まで眠れず、手足心の熱感、多夢、軟便、白膩苔、細緩脈を認めた。普段から冷飲を好み、月経量が少なく、ときに月経痛も認めたことから、寒涼飲食による脾胃虚寒と月経後の気血不足を背景に、湿邪鬱阻と陰火が生じたと弁証した。治法は補気養血、祛湿升陽、養心安神とし、升陽散火湯合酸棗仁湯加減を用いた。処方は党参20g、白芍10g、羌活10g、独活10g、防風10g、升麻6g、柴胡6g、葛根15g、酸棗仁15g、茯苓15g、知母10g、甘草6gであり、党参・甘草で補中益気、羌活・独活・防風・升麻・柴胡・葛根で升陽祛湿、白芍で養陰柔肝、酸棗仁で養血安神、茯苓で健脾利湿、知母で清熱を図った。3剤服用後には睡眠が著明に改善し、手足心の熱感が消失したため、さらに3剤を継続した。1か月後の追跡でも睡眠と食欲は良好で、手足心の熱感の再発を認めなかった。第2例は若年女性の内傷発熱で、3か月間持続する手足心の熱感を主訴とし、以前に清熱瀉火・滋陰薬による治療を受けたが改善せず、むしろ熱感が増悪していた。冷飲を好み、顔面の痤瘡様皮疹、睡眠不良、軟便、肛門下墜感、舌淡・歯痕、黄膩苔、弦細脈を認めた。気血不足、脾虚夾湿、内有鬱熱と弁証し、脾胃虚弱による気血生化不足と心火の相対的亢盛を陰火の原因と判断した。治療には補脾胃瀉陰火升陽湯加減を用い、黄耆30g、党参20g、升麻6g、柴胡10g、当帰15g、羌活10g、蒼朮10g、防風10g、黄芩10g、黄連3gを投与した。黄耆・党参で補中益気、当帰で養血、升麻・柴胡で升陽、羌活・蒼朮・防風で祛風勝湿、黄芩で辛温・升散薬による過度の熱化を防ぎ、黄連で亢盛した心火を清した。7剤服用後には手足心の熱感がほぼ消失し、1か月後の追跡でも再発を認めなかった。これらの症例は、手足心の熱感や不眠など、一見すると陰虚火旺や実熱を疑わせる症状であっても、軟便、歯痕舌、膩苔、冷飲習慣、気血不足などを伴う場合には、脾虚を根本とする陰火として弁証する可能性があることを示している。以上より、著者らは李東垣の陰火を「脾土虚弱を本とし、五臓の相火離位によって多様な病理的火邪が生じる病態」と再解釈し、治療では辛甘温薬による補脾益気を中心に、風薬による勝湿・升陽と少量の寒涼薬による清火を組み合わせることを提唱している。特に、「陰火は脾虚を本とするため、火を直接瀉すだけでなく、脾胃の元気を回復させることで火を鎮める」**という点が本論文の中心的な結論である。ただし、陰火と相火離位の関係は著者らによる理論的解釈であり、統一された病態概念ではない。また、提示された2症例はいずれも短期的な改善を示しているが、比較対照を伴わない症例報告であり、治法の有効性を直接証明するものではない。(2021、王培屹)
李東垣の『脾胃論』における補虚薬の使用規則と配伍の特徴を明らかにするため、清代『欽定四庫全書』所収の『脾胃論』、『脾胃論白話解』および関連文献を基礎資料とし、Excel 2010を用いて補虚薬を含む処方の使用頻度、君臣佐使における役割、生薬間の配伍関係、処方の効能と主治を統計的に分析した。生薬名は異名や炮製の違いを整理して統一し、生甘草・熟甘草・炙甘草などは甘草、黄蓍は黄耆、白芍薬は白芍として集計した。『脾胃論』に収載された補虚薬を含む処方は53方で、全生薬の延べ使用回数500回のうち、補虚薬は10種類、延べ162回であり、全体の32.40%を占めた。補虚薬の内訳は、補気薬116回(71.60%)、補血薬33回(20.37%)が中心であり、補陰薬7回、補陽薬6回であった。個々の補虚薬の使用頻度は、甘草40回(24.69%)、人参29回(17.90%)、白朮24回(14.81%)、当帰23回(14.20%)、黄耆22回(13.58%)、白芍7回(4.32%)、麦門冬7回(4.32%)、益智仁6回(3.70%)、熟地黄3回(1.85%)、大棗1回(0.62%)の順であった。この結果から、李東垣は脾胃病に対して補虚薬を多用するが、その中心は補気薬であり、特に甘草・人参・白朮・黄耆を重視し、必要に応じて当帰・白芍などの補血薬、麦門冬などの補陰薬、益智仁などの補陽薬を組み合わせていたことが示された。君臣佐使の分析では、53処方のうち26処方で補虚薬が君薬となっており、最も多いのは黄耆10処方、次いで白朮8処方であった。黄耆は君薬10回、臣薬8回、佐薬4回、白朮は君薬8回、臣薬11回、佐薬5回であり、両者が脾胃気虚の治療において中心的役割を担っていた。一方、使用頻度が最も高い甘草は君薬2回、臣薬13回、佐薬19回、使薬6回であり、単に主薬として補気するだけでなく、他の生薬の作用を補助し、処方全体を調和させる役割が大きかった。人参は君薬2回、臣薬18回、佐薬9回であり、補気薬として重要であるものの、必ずしも君薬として使用されるわけではなかった。当帰は君薬2回、臣薬8回、佐薬13回、益智仁は君薬2回、臣薬3回、佐薬1回、白芍は臣薬3回、佐薬4回、麦門冬は臣薬1回、佐薬4回、使薬2回、熟地黄は臣薬3回、大棗は使薬1回であった。このように李東垣は、補虚薬の種類だけでなく、各生薬の君臣佐使における役割を使い分け、補気を基本としながら補血・補陰・補陽を必要に応じて加えていた。補虚薬同士の配伍分析では、29組の薬対が抽出され、使用頻度が5回を超えるものは15組であった。最も多かったのは白朮・甘草24回であり、次いで人参・甘草22回、黄耆・甘草21回、当帰・甘草18回、黄耆・人参17回、黄耆・当帰16回、白朮・人参15回、当帰・人参12回、麦門冬・甘草9回、白芍・甘草7回、益智仁・甘草6回、白芍・人参6回、麦門冬・人参6回、麦門冬・黄耆6回、麦門冬・当帰6回であった。配伍の分類では、「補気薬+補気薬」が99回と最も多く、次いで「補気薬+補血薬」が59回、「補気薬+補陰薬」が21回であり、補気を中心として気血両虚、気陰両虚、気虚兼陽虚などに対応する構成が認められた。特に白朮・甘草、人参・甘草、黄耆・甘草などの組合せは、脾胃の元気を補い、運化機能を回復させるための基本的な配伍と考えられる。また、黄耆・当帰や人参・当帰などの組合せは、気を補うことで血の生成を促し、気血を同時に補益する配伍である。さらに麦門冬・人参、麦門冬・黄耆、麦門冬・甘草などは、補気と養陰を組み合わせ、気虚に陰液不足を伴う病態に対応するものと考えられる。補虚薬以外の高頻度生薬との配伍分析では、陳皮・甘草21回、陳皮・人参18回、陳皮・白朮13回、陳皮・黄耆15回、升麻・甘草21回、升麻・人参13回、升麻・黄耆14回、升麻・当帰14回、柴胡・甘草19回、柴胡・人参14回、柴胡・黄耆14回、柴胡・当帰11回、蒼朮・甘草13回、蒼朮・人参10回、蒼朮・白朮8回、蒼朮・黄耆9回、茯苓・白朮12回、茯苓・人参9回、黄柏・甘草11回、黄柏・黄耆10回などが認められた。高頻度生薬と補虚薬との関連薬対は48組であり、そのうち10回を超える18組について分類すると、「辛散升陽薬+補虚薬」が延べ120回、「理気薬+補虚薬」が77回、「祛湿薬+補虚薬」が56回であった。この結果は、李東垣の補虚法が単純な補益にとどまらず、升陽、理気、祛湿を組み合わせていることを示している。升麻・柴胡などの辛散升陽薬は、補気薬と配伍することで清陽を上昇させ、脾胃の升清機能を回復させる役割を担う。陳皮などの理気薬は、補気薬と組み合わせることで気機を疏通し、補益による気滞を防ぎながら脾胃の運化を促進する。蒼朮・茯苓などの祛湿薬は、脾虚によって停滞した水湿を除去し、脾胃の運化機能を改善する。すなわち、李東垣の補虚薬配伍の特徴は「理気補虚」「補気補血」「発散醒脾」の三つに集約される。理気補虚とは、補気薬に陳皮などを配伍して気機の停滞を防ぎながら補益する方法であり、補気補血とは、黄耆・人参・甘草などの補気薬に当帰・白芍などを配伍して気血生化を促進する方法である。発散醒脾とは、補虚薬に升麻・柴胡などの辛散升陽薬を組み合わせ、清陽を上昇させることで脾胃の運化機能を回復させる方法である。53処方の効能を分類すると、健脾22処方、補気20処方、温中除湿17処方、行気15処方、升陽12処方、消食9処方、清熱8処方、養陰・和血4処方、止瀉・通絡・潤燥各3処方、降気・補血・清暑・収渋各2処方、涼血・活血・解表・解鬱・化痰・逐水各1処方など、合計25種類の作用が認められた。主治病態では、気虚証12処方、水湿に関連する病態9処方、陽虚6処方、陰虚・清陽不升・中阻証が各4処方であり、脾胃気虚を中心としながら、水湿停滞、陽虚、陰虚、清陽不升などの病機が重視されていた。このことから、李東垣は脾胃病において補気法を第一に選択するものの、脾胃虚弱に湿邪が停滞する場合には温中除湿、清陽が上昇しない場合には升陽、気機が停滞する場合には理気、食滞を伴う場合には消食、熱邪を伴う場合には清熱を加えるという弁証に基づく治療を行っていたと考えられる。著者らは、現代において補虚薬が広く使用される一方、薬性、個体差、不適切な使用などによる安全性の問題も存在すると指摘している。論文では、分析対象の補虚薬について、各処方中の1回使用量は8.3g未満、総量は77g未満、平均量は3.4g未満であったと報告し、補虚薬であっても漫然と大量投与すべきではなく、適切な弁証と用量管理が必要であると論じている。ただし、これらの用量は古典処方の記載を対象とした著者らの集計値であり、そのまま現代の臨床用量の上限を示すものではない。以上より、本研究は、李東垣が『脾胃論』において補虚薬を重視し、特に甘草・人参・白朮・黄耆などの補気薬を中心に用いながら、当帰などによる補血、陳皮などによる理気、升麻・柴胡などによる升陽、蒼朮・茯苓などによる祛湿を組み合わせることで、脾胃の元気と運化機能を回復させようとしていたことを示した。最も重要な結論は、「補気を基本としながら、補うだけではなく、気を巡らせ、清陽を上昇させ、湿邪を除去する」という配伍原則であり、李東垣の補虚法は単純な温補ではなく、脾胃の気機昇降と運化機能を調整する総合的な治療体系である。ただし、本研究は古典処方の使用頻度と配伍関係をExcelによって集計した記述的研究であり、各生薬の配伍効果や臨床的有効性を直接検証したものではない。また、生薬名の統一によって炮製の違いが集計上区別されていない点、君臣佐使の分類に研究者の解釈が含まれる点にも注意が必要である。(2019、紀甜)
李東垣の消渇病に対する病機理論を『黄帝内経』『脾胃論』『蘭室秘蔵』『内外傷辨惑論』などの古典文献に基づいて検討し、従来の上消・中消・下消という三消分類を超えて、脾胃を中心とする元気不足、陰火の発生、気機昇降の失調、五臓間の病理的相互作用から消渇の発生と進展を説明した理論研究である。李東垣は『素問・陰陽別論』の「二陽結謂之消」を重視し、陽明である胃・大腸の機能失調が消渇の発生に深く関与すると考えた。『蘭室秘蔵・消渇門』には「手陽明大腸主津、病消則目黄口乾、是津不足也。足陽明胃主血熱、則消穀善飢、血中伏火、乃血不足也」とあり、口渇や多飲は津液不足、消穀善飢は血中に伏する火と血不足に関係すると説明されている。著者らは、この津液不足と血不足の根本原因を脾胃内傷による元気不足に求め、「内傷脾胃→元気虧虚→陰火上衝→気機昇降失常」という段階的な病機を李東垣の消渇理論の中心として整理した。第一段階の脾胃内傷は、飲食不節、寒温不適、肥甘厚味の過食などによって生じる。脾胃は後天の本であり、水穀精微を運化して気血津液を生成するとともに、三焦を運行する元気を養う。脾胃が損傷すると、清陽が上昇できなくなり、元気が不足する。李東垣は『脾胃論・三焦元気衰旺』において、三元真気の衰弱は脾胃が先に虚して気が上行しなくなることによって生じると説明している。元気不足によって生じる津液不足には、脾胃の運化失調によって津液が十分に生成・輸布されない経路と、気虚によって津液が正常に運行できず、水湿として停滞する経路がある。すなわち、体内に水湿が停滞していても、必要な部位には津液が届かず、口渇や乾燥を生じるという病態である。血不足についても、脾胃虚弱によって気血生化の源が不足することに加え、津液の運行障害が血の生成に影響すること、さらに陽気が正常に上昇できず陰分に陥ることで陰火が発生し、陰血を消耗することが関与すると考える。したがって、消渇の初期病機は単なる陰虚燥熱ではなく、元気不足を基礎とする津液不足と血不足である。第二段階では、元気不足を背景として陰火が発生する。李東垣の「火与元気不両立、一勝則一負」という理論に基づき、著者らは血中伏火を脾胃の陰火と位置づけ、その発生機序を三つに分類している。第一は、脾胃損傷によって気血が不足し、営血が陽気を十分に滋養できなくなることで虚陽が亢進し、血中に伏火が生じる経路である。『内外傷辨惑論』の「栄血大虧、栄気不営、陰火熾盛」という記述に対応し、気血不足によって生じた火がさらに血を消耗する悪循環を形成する。第二は、脾気不升によって陽気が鬱滞し、鬱して火に変化する経路である。脾は陰土でありながら陽に向かって升り、胃は陽土でありながら陰に向かって降るという昇降運動を担うが、脾胃が虚弱になると清陽が上昇できず、陽気が内部に停滞して陰火となる。これは「熱伏地中」と表現され、単純に熱邪が外から侵入した病態ではなく、陽気の正常な升発が阻害された結果として生じる火である。第三は、脾胃虚弱によって津液と血が不足し、内燥が生じて火に変化する経路である。脾胃の運化が失調すると津液の輸布が障害され、胃・小腸・大腸に燥熱が生じ、津液がさらに消耗される。李東垣の「陰火乗土位、清気不生、陽道不行、乃陰血伏火」という記述は、清陽不升と陰火発生の密接な関係を示している。このように陰火は、気血不足、陽鬱化火、津血不足による内燥化火という複数の経路から発生し、消渇の口渇、多飲、多食、尿量増加、体重減少などの症状を引き起こす。陰火が上衝して心肺を燻蒸すると津液が消耗されて口渇・多飲が生じ、中焦の胃に伏火が存在すると消穀善飢となり、脾虚によって筋肉への栄養供給が不足すると痩せが進行する。さらに陰火が下焦の腎に影響すると腎陽の気化機能が障害され、多尿が生じる。著者らは、陰火が五臓六腑だけでなく四肢や経絡にも波及するため、消渇のさまざまな変証、すなわち病状の進展や合併症を説明する重要な病理的要因になると考えている。第三段階として、脾胃の気機昇降失調が消渇の全経過を通じて存在することを論じている。李東垣は『素問・六微旨大論』の「非出入則無以生長壮老已、非升降則無以生長化収蔵」という理論を重視し、脾胃を全身の気機昇降の枢軸と捉えた。脾胃が健全であれば、水穀精微は脾から肺へ上昇し、心肺を経て全身に輸布され、その後、濁陰は下降して膀胱や腸管へ送られる。この正常な運動は「清陽出上竅、濁陰出下竅、清陽発腠理、濁陰走五臓、清陽実四肢、濁陰帰六腑」という古典的な気機理論に対応する。李東垣はこの昇降運動を四季の変化になぞらえ、脾胃の清陽上昇を春夏の生発、濁陰下降を秋冬の収降として説明した。特に、胃は降濁を主るだけでなく、少陽胆気・三焦元気の升発によって胃気自体も上昇する作用を有すると考え、「胃気者、栄気也、衛気也、穀気也、清気也、資少陽生発之気也」と述べている。したがって、脾胃の昇降失調のなかでも、李東垣は清陽不升を特に重視し、治療では補脾升陽を基本とした。肥甘厚味の過食によって湿熱が生じると、湿邪が脾陽を障害し、清陽が上昇できずに下陥する。清陽が上昇しなければ津液は皮膚や筋肉、四肢に十分に輸布されず、皮膚乾燥や筋肉の消耗が生じる。一方、下降作用のみが残り、春夏の生発に相当する上昇作用が不足すると、水穀精微が下方へ漏出し、尿が混濁して甘味を帯びると説明される。また、津液が全身に輸布されず膀胱へ直接下降すると多尿となり、陰火が胃陰を損傷すると消穀善飢、心肺を燻蒸すると口渇・多飲が生じる。このように、口渇、多食、多尿、痩せという消渇の主要症状を、単なる熱や陰虚ではなく、脾胃の清陽不升と濁陰下降の不均衡によって統一的に説明する点が李東垣の理論の特徴である。さらに著者らは、消渇を脾胃だけの疾患とは捉えず、五行の生克関係に基づいて心・肝・肺・腎との相互作用を検討している。脾胃と心の関係は「至而不至」と表現され、脾胃虚弱によって心が十分に滋養されず心陽が衰弱すると、心火が脾土を温めることができず、脾陽不升と陰火発生につながる。一方、心火が亢盛する実証では、心火が脾土を損傷し、さらに肺金を傷つけて津液を消耗し、燥渇を生じる。脾胃と肝の関係は「所勝妄行」であり、肝木が脾土を過剰に克する病態を指す。肝火が亢盛すると肝木が脾土を克し、肝気鬱結によって疏泄機能が失調すると脾胃の運化が阻害され、水穀精微の生成と輸布が障害される。その結果、水湿が停滞して痰を形成し、鬱久化熱によって津液を消耗して消渇が発生する。脾胃と肺の関係は「所生受病」であり、脾土が虚弱になるとその子である肺金を十分に養えなくなる。脾胃から肺へ清気が上昇しないため、肺の宣発粛降と津液輸布が障害され、口渇、多飲、頻尿、痩せなどが生じる。脾胃と腎の関係は「所不勝者乗之」であり、腎水が脾土を反侮する病態や、脾土が腎水を過剰に克する病態が関与する。脾胃の運化失調によって水穀精微が下陥すると、腎の陰火が妄動し、督脈・任脈・衝脈を介して火が上衝する一方、腎の気化・固摂機能が障害されることで、水穀精微が尿中に漏出し、尿の混濁や甘味、多尿を生じると説明される。このように消渇は、脾胃を中心として心・肝・肺・腎の病理的相互作用が重なって発生・進展する疾患であり、脾胃の元気不足と陰火を中心に五臓全体の機能失調を理解する必要がある。以上より、著者らは李東垣の消渇理論を、「脾胃内傷を発病の起点、元気不足を根本病機、陰火を消渇発生と変証進展の重要な病理的要因、気機昇降失調を全経過に共通する機序、五臓間の相互作用を病態の広がり」とする体系として整理している。治療原則としては、単に滋陰清熱するのではなく、脾胃を補って元気を回復させ、清陽を升発させることで陰火を鎮める「以補為瀉」を重視する。すなわち、脾胃の気虚を補うこと自体が、陰火を瀉し、消渇の病態を改善する治療につながるという考え方である。ただし、本論文は李東垣の古典理論を再構成した文献的・理論的研究であり、具体的な処方構成、生薬用量、臨床症例、血糖値やHbA1cなどの治療成績は提示されていない。また、消渇という伝統医学上の病態概念と現代医学の糖尿病は完全に一致するものではなく、ここで述べられた陰火や気機昇降の機序は現代医学的に実証された糖尿病の発症機序ではない。したがって、本論文の意義は糖尿病治療の有効性を証明したことではなく、李東垣が消渇を脾胃の元気不足と気機昇降失調から説明し、従来の三消論とは異なる補脾升陽を中心とする弁証論治の理論的枠組みを提示した点にある。(2018、王仁和)
李東垣の脾胃学説が眼科疾患の病機理解、弁証、治法、方剤構成にどのように応用されているかを明らかにするため、『脾胃論』『蘭室秘蔵』『東垣試効方』などの古典文献と李東垣の眼科処方を検討し、さらに著者らが経験した難治性眼疾患の1症例を提示した理論的・臨床的研究である。李東垣は「内傷脾胃、百病由生」「人以胃気為本」という思想を基礎として、脾胃を元気の生成源、気血生化の源、全身の気機昇降の枢軸と捉え、特に脾胃の清陽を上昇させる作用を重視した。眼は身体の上部に位置する清竅であり、五臓六腑の精気が上昇して集まることによって正常な視覚機能が維持される。肝は目に開竅するが、肝血や肝胆の疏泄・升発機能も脾胃の運化と気血生成に依存しており、また心は百脈を主り、眼の血脈を統率するため、心火や血脈の異常も眼疾患に関係すると考える。したがって、李東垣は**「脾胃虚則九竅不通」を眼疾患の基本病機とし、脾胃虚弱によって元気が不足し、清陽が上昇できず、眼に必要な精気・気血・津液が十分に供給されなくなることを眼疾患発生の根本原因と位置づけた。飲食不節、過労、精神的緊張、七情内傷などによって脾胃が損傷すると、元気不足、気血生化不足、清陽不升が生じ、眼の滋養が不足する。また、気虚によって津液の運行が障害されると血不足が生じ、陰血が心火を制御できなくなることで血中伏火や陰火が発生し、眼の血脈や清竅を損傷する。この病機は大きく二つに整理され、第一は脾胃虚弱による陽分の気不足と清陽不升によって眼疾患が生じる経路、第二は脾胃虚弱による陰分の血不足と陰虚伏火によって眼疾患が生じる経路である。さらに、脾胃虚弱を背景として外邪が侵入すると風寒・風熱などの外障眼病が発生するため、李東垣は眼疾患を内障と外障に分け、主症と兼症を把握し、寒熱虚実を弁別することを重視した。『蘭室秘蔵・眼耳鼻門』には眼科処方35方、『東垣試効方・眼門』には29方が収載されているが、両書には重複する処方も多い。対象となる眼疾患には、眼瞼の発赤・びらん、羞明、開眼困難、眼球の充血・腫脹・疼痛、眉稜骨痛、倒睫、角膜の白翳、流涙、視力低下、瞳孔散大などが含まれる。外障眼病のうち風熱外障は、急激な眼の発赤・腫脹・疼痛を主症とし、救苦湯は眼瞼の著明な腫脹と疼痛、選奇湯は激しい眉稜骨痛に用いられる。風熱に湿邪が加わると角膜に白翳が生じることがあり、当帰竜胆湯などを使用する。一方、長期間の眼疾患や寒涼薬の過用によって正気が損傷された場合には、眼の充血があっても疼痛が比較的軽く、眼脂、流涙、開眼困難などを伴う虚実夾雑の病態となり、助陽和血湯などが適応となる。風寒外障では、軽度の眼痛や発赤に加えて、眼脂、流涙、頭痛、鼻閉などを伴い、明目細辛湯や温肺湯などが用いられる。明目細辛湯の適応には、眼の軽度発赤、羞明、眼瞼の癒着、眼脂増加、開眼困難、眉間部の腫脹感、鼻閉、粘稠な鼻汁や唾液、便秘傾向などが含まれる。また、寒水翳は疼痛の乏しい角膜混濁を主症とし、元気不足と腎・膀胱経の寒邪を背景に水邪が上昇して眼に影響する病態であり、撥雲湯や羌活退翳湯などが使用される。内障眼病は、青白色の混濁、視力低下、瞳孔散大などを特徴とし、気虚陰火証と陰血虚伏火証に分類される。気虚陰火証では、飲食不節、過労、精神的負担などによる脾胃虚弱を背景に心火・三焦の火が亢盛し、清陽が上昇できず、視力低下や眼内の混濁が生じると考え、冲和養胃湯、蔓荊子湯、益気聡明湯などを用いる。陰血虚伏火証では、脾胃の元気不足によって陰血が不足し、心火が亢盛することで瞳孔散大や視力低下が生じ、熟乾地黄丸や羌活退翳丸などが用いられる。李東垣の眼疾患治療の基本原則は、「調理脾胃」と「養血安神」**であり、「凡医者不理脾胃及養血安神、治標不治本」という考え方に基づき、眼の局所症状だけでなく、脾胃の元気と全身の気血を回復させることを重視する。具体的な治法は、補益脾胃、升挙陽気、瀉陰火の三つに整理される。第一の補益脾胃では、黄耆・人参・甘草などの甘温補気薬によって元気を補い、気滞を伴う場合には陳皮・青皮などを加えて理気を図り、水湿停滞を伴う場合には白朮・蒼朮などを加えて健脾燥湿を行う。血虚・陰虚を伴う場合には熟地黄・当帰・生地黄などを用いて養血・涼血を図る。当帰は養血和血だけでなく、肝血を滋養して眼を養う重要な生薬とされる。また、肝旺脾虚によって眼瞼の緊張、羞明、開眼困難、眼痛、視力低下などが生じる場合には、黄耆・人参・甘草による補脾益気に白芍を組み合わせ、柔肝と瀉肝補脾を図る神効黄耆湯などが用いられる。第二の升挙陽気では、眼が上部の清竅に位置することから、清陽を上昇させる生薬を重視する。李東垣は黄耆の補気升陽作用に加えて、風薬の辛散・升発作用を利用し、脾胃の清陽を眼まで上昇させることを眼疾患治療の重要な特徴とした。風薬は三群に分けられ、第一群は柴胡・升麻・葛根であり、脾胃の清陽を上昇させ、甘温補気薬の作用を上部へ導く。第二群は羌活・防風・細辛・蔓荊子であり、陽気を升発させ、肝胆の疏泄と少陽の春升作用を助ける。第三群は川芎であり、陽気の升発に加えて活血行気・止痛作用を有する。補陽湯では柴胡を二両と重用し、独活・羌活・防風などの風薬と黄耆・人参・甘草・白朮などの補気薬を組み合わせ、清陽を眼へ上昇させる。風薬は外邪を除去する目的だけでなく、虚証に対しても清陽を升発させる目的で使用される点が重要である。ただし、風薬には辛温・燥散性があり、過度に用いると元気や陰血を消耗するため、甘草・当帰などを配伍してその弊害を抑える。特に細辛は辛温燥散性が強いため、防風と組み合わせて使用すると説明されている。第三の瀉陰火では、「火与元気不両立」という理論に基づき、元気を補って清陽を上昇させることによって陰火を鎮める。李東垣は「火鬱発之」の考え方から、風薬による升陽散火を重視する一方、陰火が亢盛する場合には黄芩・黄連・竜胆・生地黄・知母・黄柏などの寒涼薬を少量配伍する。黄芩は肺火、黄連は心火、竜胆は肝火を清する目的で用いられ、生地黄・知母・黄柏は滋陰と清熱を兼ねる。ただし、苦寒薬は脾胃の陽気を損傷する可能性があるため、酒洗・酒炒・酒浸などの炮製によって寒性を緩和し、必要に応じて滋陰薬を配伍する。李東垣の眼科処方における生薬使用規則を検討すると、『蘭室秘蔵』と『東垣試効方』に収載された眼科内服処方は重複を整理して30方、使用生薬は68種類であり、このうち使用頻度5回以上の主要生薬は23種類であった。『薬類法象』の分類によると、風升生類は防風・羌活・柴胡・升麻・葛根・細辛・蔓荊子・川芎の8種類、湿化成類は甘草・当帰・人参・黄耆・陳皮・熟地黄の6種類、寒沉蔵類は黄連・黄芩・黄柏・生地黄・知母・竜胆の6種類、燥降収類は茯苓・五味子・芍薬の3種類であった。これらの使用回数は、**風升生類86回(全306回の28.10%)、湿化成類72回(23.53%)、寒沉蔵類55回(17.97%)、燥降収類18回(5.88%)**であり、眼科処方では風薬の使用が最も多く、次いで補益薬、苦寒清熱薬が多かった。この結果は、李東垣が眼疾患に対して辛散升陽を特に重視しながら、甘温補気と少量の苦寒瀉火を組み合わせていたことを示している。また、内障と外障では補益薬や苦寒薬の使用傾向は比較的共通していたが、風薬の選択には違いがあった。外障では外邪を除去する目的で風薬がより多く使用され、細辛・藁本・麻黄・荊芥・白芷などは外障に特徴的であった。一方、内障では柴胡・羌活・防風が多用され、独活は内障処方に特徴的であり、清陽を升発させる目的が強かった。特に柴胡は当帰と組み合わせて使用され、柴胡による疏肝升陽と当帰による養血柔肝を同時に図る配伍が重視された。さらに李東垣は張元素の五臓苦欲補瀉理論を継承し、肝の急迫には甘草で緩和し、肝の疏散には川芎・細辛などの辛味薬を用い、白芍の酸味によって肝を瀉すなど、眼疾患においても肝と脾胃の関係を重視した。処方構成では君臣佐使の秩序を重視し、主病を治療する君薬を最も多く、臣薬・佐使薬を順に少量とすることを原則とした。代表処方の冲和養胃湯は、黄耆一両五銭、人参一両、炙甘草一両、白朮一両、茯苓三銭、羌活一両五銭、升麻一両、葛根一両、柴胡七銭、防風五銭、酒洗当帰身一両、白芍六銭、五味子二銭、黄芩二銭、黄連二銭、乾姜一銭から構成される。黄耆・人参・炙甘草・白朮によって甘温補気を行い、乾姜で胃気を鼓舞し、升麻・柴胡・葛根・羌活・防風によって清陽を上昇させる。当帰・白芍で養血柔肝、茯苓・白朮で健脾利湿、五味子で耗散した気を収斂し、黄芩・黄連で陰火を清する。すなわち、補中益気と升陽を中心に、養血、利湿、柔肝、収斂、清熱を組み合わせた処方であり、李東垣の「補うことによって瀉す」「升陽によって陰火を降ろす」という治療思想を具体的に示している。臨床症例として、56歳男性の難治性開眼困難が報告されている。患者は2年以上にわたり両眼の発作性開眼困難と流涙を認め、休息不足によって悪化し、他院で重症筋無力症は否定されていた。2013年1月14日の初診時、視力は両眼とも1.0であったが、マイボーム腺開口部の閉塞、軽度の球結膜浮腫、内眼角部のリンパうっ滞、角膜下方の散在性表層染色を認め、ドライアイ検査では両眼3~4級、涙液分泌検査では表面麻酔前が右13mm・左12mm、麻酔後が左右とも9mmであった。脈細、舌苔薄で、食欲・排便・排尿は正常であった。著者らは、開眼困難が休息不足によって悪化すること、眼瞼を持ち上げる力が弱いことなどから、元気虧虚・清陽不升と弁証し、神効黄耆湯と助陽和血湯の方意を組み合わせて益気升陽を図った。初回処方は黄耆30g、党参10g、炙甘草10g、白芍15g、赤芍10g、当帰10g、羌活10g、防風10g、蔓荊子10g、北柴胡10g、葛根15g、五味子10g、黄連10g、黄芩10gであり、黄耆・党参・炙甘草による補気、羌活・防風・蔓荊子・柴胡・葛根による升陽、白芍・赤芍・当帰による養血柔肝、黄芩・黄連による清熱を組み合わせた。14剤服用後には流涙が軽減し、両眼を開けられるようになったが、疲労感は残存していたため、赤芍を除いて白芷10gを加え、さらに14剤投与した。その結果、開眼が可能となり、疲労感も明らかに改善した。続いて黄耆30g、党参10g、炙甘草10g、白芍15g、羌活10g、防風10g、蔓荊子10g、葛根15g、黄柏6g、生地黄20g、白菊10gに変更し、14剤投与後に症状が消失したと報告している。著者らは、脾は肌肉を主り、肝は筋を主るという理論から、眼瞼の筋力低下には補気升陽、眼瞼の緊張や拘急には白芍による柔肝養血、角膜表層障害やマイボーム腺閉塞などの局所所見には祛風清熱を組み合わせたと説明している。この症例は、脾胃気虚と清陽不升を背景とする開眼困難に対して、補気薬と複数の風薬を併用するという李東垣の眼科治療思想を現代臨床に応用した例である。以上より、本論文は、李東垣が眼疾患を単なる眼局所の病変としてではなく、脾胃の元気不足、清陽不升、気血不足、陰火亢盛、肝胆・心との機能的関係から捉え、補脾益気、升陽明目、養血安神、瀉陰火を組み合わせて治療したことを明らかにしている。特に重要なのは、眼疾患においても補気薬だけでなく柴胡・升麻・葛根・羌活・防風・蔓荊子などの風薬を積極的に使用し、清陽を眼へ上昇させることを重視した点である。ただし、本研究は古典文献の理論的検討と処方使用傾向の記述的分析を中心とするものであり、提示された臨床例も単一症例であるため、これらの治法の有効性を一般化することはできない。また、古典に記載された内障・外障などの病名は現代眼科の疾患分類と必ずしも一致せず、症状改善が報告されても客観的な眼科所見の改善や長期的な再発予防効果まで確認されたわけではない。(2014、盛倩)
李東垣が創立した『脾胃論』の理論体系を再検討し、その根本思想は単なる補脾益気ではなく、張仲景の「甲己化土」という理論を発展させ、少陽の春升の気と陽明の燥降の気によって脾胃の昇降運動を説明したものであると論じた理論研究である。著者の田合禄は、従来の李東垣研究では「補土派」「甘温除大熱」「脾胃内傷、百病由生」などが重視される一方、その根底に存在する「甲己化土」の理論が十分に理解されていないと指摘する。甲は天干の甲木、五行では陽木に属し、少陽の春升・生発の気を象徴する。己は天干の己土であり、陰土に属する。甲木と己土が結びついて土に化するという「甲己化土」は、単なる五行の相生相克ではなく、少陽の升発作用によって脾胃の運化機能が成立するという理論として解釈される。著者は、張仲景の『傷寒論』における少陽病と太陰病の関係をこの理論の源流とし、李東垣がそれを脾胃の生理・病理・診断・治療へ体系的に発展させたと考える。李東垣の医学思想を理解するうえでは、少陽の気を単に胆経の気として捉えるのではなく、春の生発、陽気の上昇、三焦元気の活動、脾胃の清陽上昇を統括する根本的な作用として理解することが重要である。著者は『黄帝内経』の「陰陽離合論」「六微旨大論」などの気化理論を参照し、甲木が己土に作用することで脾胃の運化が成立するという構造を提示している。「甲己化土」とは、少陽の春升の気が脾胃の土気を動かし、脾胃の運化と気機昇降を成立させるという理論であり、李東垣の脾胃学説の根幹をなすというのが本論文の中心的主張である。著者は、脾胃の生理機能を「甲己化土」によって説明し、脾胃の昇降運動は脾土単独の作用ではなく、少陽甲木の生発と陽明の燥降との協調によって成立すると考える。脾胃は中焦に位置し、全身の気機昇降の枢軸となるが、その運動には少陽の升発作用が不可欠である。少陽の春升の気が十分であれば、脾胃の清陽は上昇し、水穀精微が心肺や頭目に輸布され、濁陰は下降して正常な代謝が維持される。反対に、少陽の升発作用が不足すると、脾胃の運化が停滞し、清陽が上昇できず、元気不足、水湿停滞、陰火、気機昇降失調などが発生する。李東垣が『脾胃論』で「胃気者、栄気也、衛気也、穀気也、清気也、資少陽生発之気也」と述べ、胃気と少陽の升発を密接に結びつけたのも、この理論に基づくと説明する。さらに著者は、「甲己化土」を理解するには、天干五合だけでなく、五運六気、三陰三陽、陰陽升降、臓腑経絡の関係を統合的に考える必要があるとする。甲は少陽三焦相火と関連し、少陽の相火は万物を生発させる陽気の動力として働く。己土は脾胃の運化機能を象徴し、甲木の升発作用を受けることで水穀精微の生成と輸布が可能になる。したがって、甲己化土の本質は、少陽相火による陽気の生発と脾胃土気の運化との協調にある。著者は、李東垣の学説における「少陽生発」「甲己化土」「脾胃升降」は互いに独立した概念ではなく、同一の気化過程を異なる側面から説明したものと捉えている。論文では、この関係を複数の模式図によって示している。第1の図は、甲己化土を中心に、少陽甲木の升発作用、陰土である己土、脾胃の運化、陽明の燥降との関係を整理したものである。第2の図は、甲己化土と脾胃の陰陽・三焦との関係を示し、少陽相火、心火、脾胃土気、腎の水火などが相互に関連して全身の気機昇降を形成することを説明している。第3の図は、『傷寒論』と『脾胃論』における病位の違いを比較し、張仲景の六経病位と李東垣の脾胃・三焦を中心とする病位認識との関係を示している。著者は、張仲景が六経弁証によって外感病の伝変を整理したのに対し、李東垣は少陽の生発と脾胃の運化を結びつけることで、内傷病の発生機序を説明したと考える。脾胃病の発生については、飲食不節、過労、精神的緊張などによって脾胃の元気が損傷し、少陽の春升作用が障害されることを重視する。脾胃虚弱によって清陽が上昇できなくなると、陽気が下陥し、元気不足、倦怠感、食欲不振、軟便、下痢、四肢無力などが生じる。さらに、陽気が正常に升発できず内部に鬱滞すると陰火が発生し、発熱、口渇、煩躁などの熱症状が現れる。著者は、この陰火を単純な実熱や陰虚火旺ではなく、少陽の升発作用と脾胃の運化機能が失調した結果として理解する。李東垣の「火与元気不両立」という思想も、元気不足によって少陽相火の正常な気化が障害され、病理的な火が生じるという関係から説明される。特に、少陽相火には生理的な生発作用と病理的な亢盛・鬱滞という二面性があり、正常な少陽相火は脾胃を温養して運化を促進するが、その機能が失調すると陰火や気機逆乱が発生する。したがって、陰火の治療では単に清熱瀉火するのではなく、脾胃の元気を補い、少陽の升発作用を回復させることが重要となる。著者は、李東垣の脾胃病の主証・主脈・主病位を「甲己化土」の理論に基づいて整理している。主証は脾胃虚弱による元気不足と清陽不升を中心とし、倦怠感、食欲不振、四肢無力、軟便・下痢、気短、懶言、頭目の不調などが含まれる。主脈は脾胃の気虚や陽気の下陥を反映する脈象として理解され、主病位は中焦の脾胃を中心に、少陽三焦、心肺、肝胆、腎などへ広がる。著者は、李東垣の脾胃病が単に消化器症状に限定されるものではなく、三焦の元気運行、心肺への清陽上昇、肝胆の疏泄、腎の水火などに波及する全身性の病態であることを強調する。治療原則では、「補中益気」と「升陽」を中心とし、必要に応じて瀉陰火、理気、祛湿などを組み合わせることが重要とされる。補中益気湯に代表される黄耆・人参・白朮・甘草などの甘温補気薬は、脾胃の元気を補い、己土の運化機能を回復させる。一方、柴胡・升麻などの升陽薬は、少陽甲木の生発作用を助け、清陽を上昇させることで甲己化土の正常な気化を回復させる。著者の理論では、補気薬と升陽薬の併用は単なる経験的な配伍ではなく、己土を補いながら甲木の升発を促すという「甲己化土」の生理構造に対応した治療法である。したがって、補中益気湯などに柴胡・升麻が配伍される理由は、脾胃の元気を補うだけでは清陽不升を十分に改善できず、少陽の升発作用を利用して脾胃の運化を正常化する必要があるためと説明される。また、陰火が亢盛する場合には黄芩・黄連・黄柏などの苦寒薬を少量加えて清熱瀉火を行うが、過度の苦寒は脾胃の陽気を損傷するため、補気升陽を基本とすることが重要である。さらに、脾胃の運化失調によって湿邪が停滞する場合には蒼朮・茯苓などを用いて健脾祛湿を図り、気滞を伴う場合には陳皮・枳実などを用いて理気降濁を行う。このように李東垣の治療は、脾胃を補うだけでなく、少陽の升発、陽明の降濁、湿邪の除去、陰火の調整を組み合わせる総合的な方法である。著者は、李東垣の学説を理解するうえで、張仲景の『傷寒論』との関係を重視している。張仲景は六経弁証によって太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰の病態を整理し、少陽の枢機と太陰脾土の運化をそれぞれ重視したが、李東垣はこれらを「甲己化土」という理論で結びつけ、少陽の春升によって脾胃の運化が成立するという内傷病の病機体系を構築したと考える。特に、少陽の升発作用が脾胃の清陽上昇を支えるという考え方は、張仲景の六経弁証を臓腑気化論へ発展させたものとして評価される。著者はまた、現代の李東垣研究において「補土派」という名称だけが強調されることで、少陽の生発作用、三焦元気、甲己化土という理論的背景が見落とされていると指摘し、李東垣の脾胃学説をより広い気化論の中で再評価する必要があると論じている。以上より、本論文の中心的結論は、李東垣の『脾胃論』は単なる脾胃虚弱の補益理論ではなく、「甲己化土」を根本原理として、少陽の春升、脾胃の運化、陽明の燥降、三焦元気の運行を統合した気化理論であるという点にある。補中益気湯に代表される甘温補気薬と柴胡・升麻などの升陽薬の組合せは、この理論を治療に具体化したものであり、脾胃の元気を補いながら少陽の升発作用を回復させることによって、清陽不升、気機昇降失調、陰火などの病態を改善しようとする。なお、本研究は古典文献に基づく理論的考察であり、具体的な臨床症例、処方使用頻度の統計、治療成績などは提示されていない。また、「甲己化土」を李東垣の脾胃学説の中心に位置づける解釈は著者独自の理論的整理を含んでおり、現代医学的に検証された病態機序ではない。(2014、田合禄)

